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(195)古代の温泉

万葉人も楽しんだ名湯

 「温泉にでも行って、のんびりしたい」。こんな気持ちになったことはありませんか? 昨今では、都市部でも天然温泉に入浴できる時代です。現代の日本人にとって、温泉は本当に身近で親しみのある存在といえるでしょう。

 では、いつから日本人は温泉に入浴していたのでしょうか。奈良時代に記された『日本書紀』や『万葉集』、平安時代の『続日本紀(しょくにほんぎ)』などの文献には、天皇や皇族が「牟婁温湯(むろのゆ)」や「紀温湯(きのゆ)」(いずれも和歌山県の白浜温泉)、「有間温湯(ありまのゆ)」(神戸市の有馬温泉)などへ出かけて行ったことが書かれています。

 また、出雲や豊後、肥前など、地方の風土を記した『風土記』には、玉造温泉(松江市)、別府温泉や天ヶ瀬温泉(いずれも大分県)など、現代の私たちにも馴染み深い温泉の記載が多くあります。温泉の所在や呼称だけでなく、なかには湯の色や「味は酸(す)し」といったように温泉の味などが記されているものもありますから、入浴だけでなく、飲用にも利用していたのかもしれませんね。地元の人々は、ずっと昔から温泉を利用し、経験的に効能を理解していたと考えられます。

 現代でも日々の疲れを癒やし、気分転換にもってこいの温泉。古代の人々も「いい湯だな」と言いながら、のんびりと温泉に浸かっていたのでしょう。

 

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『豊後国風土記』に記された天ヶ瀬温泉(大分県日田市)

(奈良文化財研究所研究員 福嶋啓人)

(読売新聞2018年6月19日掲載)

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