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木簡の「夏」

2018年8月 

 今年の夏は異常なまでに暑い日が続きました。お盆も過ぎ、少しは暑さも和らいできたように感じられますが、各地で39度を記録する日もあるなど、まだ油断はできません。来夏以降もこのような猛暑が続くのでは、という不穏な話も耳にします。

 さて、古代にも毎年暑い夏がやって来ていたはずですが、「夏」という文字は、木簡にはあまり登場しません。試みにデータベース「木簡庫」で本文に「夏」を含む木簡を検索してみると、25件(うち古代18件)しかヒットしません。他の季節「春」「秋」「冬」については、「春」が200件(うち古代173件)、「秋」が105件(うち古代87件)、「冬」が13件(うち古代10件)で、かなり偏りがあります(いずれも2018年8月22日現在)。春は「春日」「春日部」、秋は「秋万呂」「秋足」「秋人」などの地名や人名がよく見られるのに対し、夏や冬は地名や人名にあまり使われない文字だということも、数が少ない一つの原因かもしれません。あらためて木簡のもつ地名・人名情報の多さに気づかされます。

 古代木簡に見える「夏」で最も多いのは、夏アワビ(鰒・鮑)です。18点中半数の9点を占め、うち8点は下端を尖らせた付札(物品整理・保管用のラベル)です。夏はアワビの旬。「夏鰒(鮑)」は、いうなれば「春キャベツ」「秋なす」といった類の表現でしょう。「烈」という単位で数えていることから、熨斗アワビのように細長く割いて加工されたものと考えられます。

 「暑」も、木簡にはほとんど登場しません。同じく「木簡庫」で検索すると、その数わずか5件。うち1件は、「暑預」すなわち薯蕷(ヤマイモ)の異表記で、残る4件は『千字文』の一節を習書したものです。

 その一節とは、「寒来暑往」。寒さがやって来て、暑さが過ぎ去る、という意味です。

 『千字文』は、中国・梁の時代に編まれた漢字の初学者向けの書物で、日本でもよく読まれていました。四字を一句として、二百五十句、計一千字を、一字も重複することなく使って文章にしており、「寒来暑往」はその冒頭近く、第五句にあたります。

 典籍の習書木簡は、冒頭部分を書いたものが多く見られ、例えば『論語』では、学而第一の冒頭「子曰、學而時習之、不亦説乎」が大半を占めます。『千字文』も例外ではなく、「寒来暑往」の4点も、いずれも前後の句が続いていることから、第一句から順番に書いていったもの、もしくはその断片とみるのが自然なように思われます。

 一方で、習書に選ばれる文字は、書き手の意識を反映しており、古代人の思考回路を垣間見る格好の素材でもあります。中には、あまりの暑さに、早くこの暑さが過ぎ去って欲しいと念じて、「寒来暑往」のフレーズを選んだ古代人もいたのでは・・・?

 蒸し暑い木簡収蔵庫に籠もって作業をしながら、そんな想像をめぐらせてしまう今日この頃です。

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夏鮑の付札(藤原宮跡出土)

千字文を記した木簡(平城京左京三条一坊十五坪+出土).jpg

千字文を記した木簡(平城京跡左京三条一坊十五坪出土)
※上端の焼け焦げている部分の下が「暑往」

(都城発掘調査部主任研究員 桑田 訓也

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