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新たなる実験考古学を目指して

2018年5月 

 私は現在、奈文研の考古第二研究室で奈良時代の土器・土製品について調査・研究をおこなっていますが、学生時代からの専門である中国青銅器の鋳造技術についても研究を続けています。殷周青銅器の鋳造技術は、現代の技術をもってしても製作技法があきらかになっていないものもあり、世界の金工技術の歴史上においても一つの到達点といえるでしょう。こうした過去の時代の高度な技術の実態を解明するため、私は、芦屋釜の里(福岡県芦屋町)や富山大学芸術文化学部(富山県高岡市)の研究者・技術者とともに、青銅器の鋳造実験を実施しています。

 過去の人びとが残した遺物や遺構を手がかりにして、それらの製作方法や用途・機能などの解明を目的とした実験をおこなう方法は、実験考古学と呼ばれています。私たちが実施している青銅器の鋳造実験のほかにも、土器や瓦の製作実験、さらには古代食の復元を目指した調理実験なども知られています。

 これまでの実験考古学では、考古学者の考えた仮説を再現することを目的としたものが多くを占めてきました。実際、こうした実験を通じて多くの知見が得られることは確かです。しかしながら、実際の一つのモノの製作技術を考えた場合も、単一ではなく複数の可能性が想定できる場合が多々あります。このように異なった条件・方法によって同じ製品を製作した場合、どのような差異が出るのかを検証することも重要です。こうした手法を「対照実験」といいます。ここでは、私たちがおこなった対照実験の一例をご紹介いたします。

 数ある殷周青銅器の中で、私がその技術に最も驚かされたのは、戦国時代前期の曾侯乙墓(湖北省隋州市)から出土した「曾侯乙」尊盤と呼ばれる青銅器です。非常に複雑な透彫(楼空)状の装飾を特徴とするもので、その製作方法をめぐっては、失蝋法(蝋原型を溶かして鋳型を製作する方法)説をはじめ、金属原型を溶かして鋳型を作ったとする説、あるいは蝋や金属のような消失原型を用いなくても製作可能とする説など、さまざまな見解が提示されてきました。

 こうした先行研究を踏まえ、私は芦屋釜の里の研究者・技術者とともに、蝋・金属・木など複数の原型素材を用いて同一形状の鋳造試料(テストピース)を製作する実験を実施しました。その結果、金属原型から鋳型をつくり、製品を鋳造することが可能であること、また用いる原型素材によって製作品の表面状態に差異が生じることなどがあきらかになりました。

 さらに「曾侯乙」尊盤から外れた小さな破片に残る整形痕跡を手掛かりに、複数の方法でその痕跡の再現を試みました。その結果、蝋原型への小手当て成形によって非常に近いものが再現でき、「曾侯乙」尊盤の一部分が蝋原型によるものである可能性が高いことを実証的に提示することができました。

 しかしながら、過去の人々が残したさまざまなモノの製作技術をめぐっては、まだまだ多くの謎が残されています。こうした先人たちの技術の実態に迫るため、新たなる実験考古学を目指した挑戦はこれからも続きます。

 

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「曾侯乙」尊盤
湖北省博物館所蔵

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鋳造実験の様子
(2014年3月 芦屋釜の里)

(都城発掘調査部主任研究員 丹羽崇史)

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