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塩分の摂取にご注意

2018年3月 

 塩分を過剰に摂取すると高血圧などのいわゆる生活習慣病のリスクが高まる、ということは良く知られたことで、減塩の調味料などもよく目にしますし、読者の方の中には日頃から減塩に気をつかわれている方も多いと思います。

 ところが、塩が悪さをするのは何も人間に対してだけではありません。平城宮跡遺構展示館のように遺跡を展示しながら保存する場合、塩による石やレンガの破壊がしばしば問題となるのです。展示されている遺跡は、一般には大地とつながった状態で保存されているため、地下水や周辺の地表面から遺構に浸透した雨水が遺構表面で蒸発します。一方で、これらの水にはわずかながら塩が溶けていることが一般的で、さらに厄介な場合には、石やレンガそのものに塩の材料が多量に含まれている場合があります。その結果、石やレンガ表面で水が蒸発する際に、溶けきれなくなった塩が結晶になって、これらがいわば、くさびのような働きをするため、石やレンガの表面が粉々になったり剥がれ落ちたりします。

 さらに、塩による遺跡の被害を一層深刻なものとする要因に、塩の吸湿性があります。塩の代表的なものとして、食塩すなわち塩化ナトリウムがありますが、皆様も台所で食塩を使われる際に、季節によって手触りが変化していることに気づかれていると思います。夏はベトベトと互いにややくっつき気味であったはずの食塩が、冬はサラサラとした手触りになっていると思います。ある湿度を境に、それより高い湿度では塩が空気中の湿気を吸収してベトベトになり、やがては溶けてしまいます。これを潮解と呼びます。反対に、ある湿度よりも低い環境に変化すると、今度は塩がため込んでいた水分を放出して、塩自身はサラサラな状態に戻ります。この湿気を吸収したり放出したりする境となる湿度は塩の種類によって異なっていて、食塩の場合は概ね75%です。したがって、日本のように夏はムシムシと高湿度環境、冬はカラカラの乾燥状態になる場合、しきい値となる湿度を季節ごとに行き来するので、台所の塩の手触りが変化しているのです。

 さて、結晶となって石などを破壊した塩ですが、これらの多くは台所の食塩同様に、やはり湿度が高くなると再び溶けてしまい、困ったことに破壊した石などの内部に戻ってしまいます。そして、冬になり再び湿度が下がり始めると、塩もまた再び結晶となって石などを破壊します。このように塩は雨がかからない場所では洗い流されることがないため、石などの表面で結晶となったり溶液にもどったりしながら、繰り返し石表面の劣化を引き起こします。

 このように塩が引き起こす劣化は、たとえばレンガ造りの壁であったり、神社などの礎石であったりと、いたるところで見ることができる普遍的な問題です。しかし、文化財の場合、磨崖仏のように石の表面に彫刻が施されている場合や、装飾古墳のように何らかの図像が描かれている場合もあり、石などの表面の扱いがとりわけデリケートなものとなり、塩による材料表面からの破壊がきわめて深刻なものとなります。

 人間はもちろん遺跡に対しても、過剰な塩分は大敵なのです。

 

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平城宮跡遺構展示館で展示されている磚(せん、古代のレンガ)、手前側表面が粉状化しており、その周辺にうっすらと白く塩が見える。

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写真1の磚右下箇所拡大。塩の結晶が析出し、磚の表面の粉状化・剥離を引き起こしている様子が見える。

(埋蔵文化財センター主任研究員 脇谷 草一郎)

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