奈良文化財研究所に関するさまざまな情報を発信します。

(183)東院地区の発掘調査

瑠璃瓦の玉殿 どこに?

 平城宮跡が正方形ではなく、東に張り出し部分をもつことがわかったのは、1964年のこと。その結果、平城宮跡の東側に沿うように計画された国道24号バイパスは、現在のように東へ迂回(うかい)するルートに変更され、張り出し部分は平城宮跡と一体的に保存されることになりました。

 この東の張り出し部分には、皇太子の御在所(ございしょ)である春宮や東院が置かれ、園池をともなう庭園が造られました。その池は、1990年代に発掘調査され、今は東院庭園として復元整備されています。

 また、称徳天皇の時代の767年には、瑠璃(るり)瓦(釉薬(ゆうやく)をかけた瓦)で葺(ふ)かれた東院玉殿の完成記録があります。奈良文化財研究所は2005年から、本格的に東院庭園北側の発掘調査を始めました。もちろん、瑠璃瓦で飾られた華やかな東院玉殿の建物の発見が期待されました。ところが、これまでの調査で瑠璃瓦は数点しか見つかっていません。東院玉殿は、一体どこにあったのでしょうか...。

 東院地区は平城宮跡の中でも特に遺構密度が高い場所です。建物の構造を推定するために柱穴をどう組み合わせるかや、その時期の判断もパズルのように複雑で、私たち調査員を悩ませています。

 今年も10月から東院地区の発掘調査を実施しています。近々、現地説明会も開催予定ですので、ぜひ東院地区を訪れてみてください。

 

tanken183.jpg

建物跡など遺構密度の高い平城宮東院跡の調査地(2005年、奈良市で)

(奈良文化財研究所研究員 小田裕樹)

(読売新聞2017年12月5日掲載)