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仏殿の荘厳

2017年11月 

 奈良には奈良時代の寺院建物が多く残っています。近年は奈良時代の姿を再現した堂塔を見ることもできます。しかし、これら新旧の建物の印象がだいぶ異なっていることはみなさんもお気づきでしょう。そこで、奈良時代の仏殿の様子をできるかぎり再現してみたいとおもいます。多くの資料がのこる東大寺の大仏殿を例にみていきましょう。

 大仏殿は現在よりも大きく、東西86m、南北50m、高さ47m(諸説あり)の重層建物でした。基壇は黄色い凝灰岩の切石で覆います。礎石の上には丹塗りの柱を立て、壁は白土でつくり、緑の連子窓を設け、屋根には灰色の瓦を葺きます。屋根の四隅には風鐸を下げ、隅木や垂木(軒下の木材)の先には透かし彫りの金具を飾り、扉には枠の飾りや釘隠しの金具がならびます。これらはすべて金銅(金メッキした銅)製でした。

 殿内の中央には高さ16mの盧舎那仏が鎮座します。仏の三十二相にしたがい、皮膚は金色、螺髪や目は青色、眉間の白毫は銀、身体から放つ光は金色透かし彫りの光背で表現します。現在ものこる金銅の蓮華座の下にはさらに大きな石製の彩色蓮華座がありました。大仏の両脇には高さ9m、金色乾漆像の観音菩薩、虚空蔵菩薩、殿内四隅には高さ12mの彩色塑像の四天王が屹立していました。天井の格間には蓮華、殿内の柱には彩色の仏菩薩像を描きます。殿内には壁画もあったようですがメインは2枚の壁掛けです。色鮮やかな刺繍の曼荼羅で長さ15m、幅9mをこえる巨大なものでした。仏像や柱絵の彩色は赤、黄、緑、青、白を組み合わせた複雑な紋様だったと考えられます。

 天井や柱には透かし彫りや鈴、各種玉飾りのある金銅の幡、あるいは錦の幡を掛けます。仏前には金銅の六角燈籠を正面に置き、その両脇には金銅の花(生花の代わり)を挿した青磁の花瓶、鏡台、金銅の火舎(香炉)、磬(への字形の金属製の打楽器)がならべてあります。花瓶や火舎などは錦のテーブルクロスを掛けた几(つくえ)の上に置き、さらには供物をのせた銀、金銅、漆塗り、奈良三彩の器などを並べたのでしょう。

 日々のお勤めをする僧侶の袈裟や錫杖、多彩な如意、数珠なども殿内に彩りをそえます。読経時には僧侶の声とともに鐘や太鼓、磬が鳴り響いたでしょう。法会では、金具や水晶玉を飾った高座(高僧が座る高い台)や多数の僧侶が座る長床(畳敷きの低く長い台)を殿内に用意します。大仏殿前の中庭には大仏への燃燈供養のための金銅八角燈籠があり、それを中心に多数の幡や幕、桟敷を設置し、殿正面の舞台では舞楽を奉納します。天皇以下、貴族や僧侶など数百人が色とりどりの衣装を着て殿内あるいは中庭に参列し、儀式にともないたくさんの人が動きます。

 以上のように奈良時代の仏殿はまさに金銀極彩色の世界でした。現在の大仏殿内も脇侍仏や供物など往時の状況を彷彿とさせますが、創建当時は今からは想像もできないほど煌びやかな空間でした。僧侶の活動にともない香り(香炉)と音(声明)、動き(舞楽や儀礼)が加われば、その演出効果はいっそう高まります。こうした仏殿の荘厳は経典に描かれた理想世界を現実に再現し、日々の供養や大規模な法会をへて国家の繁栄と安寧を祈願するための舞台装置だったのです。

 

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現在の大仏殿

 

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現在の大仏殿内の様子

(都城発掘調査部主任研究員 今井晃樹)