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古文書のハコ

2017年6月 

 私は文献史学の専門家で、文字を読むことを仕事にしています。当研究所での私の担当は、古い寺社が所蔵している古文書や書物の調査をすることです。ただし文字を読むといっても、調査の過程では、それ以外のものを目にすることもあります。

 下の写真は、興福寺が所蔵しているものですが、お経を入れているハコです。書物を調査するなかで、入れ物であるハコも、目にすることになるわけです。

 このハコを見て、「いいハコだねえ」と言った人がいます。何が良いのか、分かりますか?

 答えを言うと、木材がすべて、柾目の材で作られているのです。「いいハコだねえ」と言ったのは、当研究所で年輪年代学を研究していた、光谷拓実氏です。

 木の板には、柾目板と板目板があります。柾目板とは、板の表面に見える木目が、みな平行に走っている板のことです。丸太の断面では、年輪は同心円状にめぐっています。その丸太を割って板にするときに、丸太の中心を通る形で割ると、板の表面の木目は平行に走り、柾目になります。中心から外れているのが板目板で、木目は斜めに見えます。丸太から板を作る際、丸太を平行にスライスしていくならば、そのほとんどは板目板になり、木の中心を通過する部分だけが柾目板になることになります。よって、一般的には柾目板の方が高価な材になります。

 このハコに入っているのは、宋版一切経といって、中国の宋の時代に印刷された経典です。興福寺ではそのお経を、108個の木箱に入れているのですが、そのハコをみな、このような綺麗な柾目板で作っているのです。ということは、丸太を平行にスライスしたのではなく、放射状に割ったのでしょうか。古くは、板を作るのにノコギリを使わず、割っていましたから、放射状に割った方が作りやすいのかもしれません。しかしそれにしても、贅沢な作り方です。

 柾目板の場合、年輪の間隔を測ることができます。なので年輪年代法の専門家が調査すれば、木材の年代を測定できます。興福寺のハコの場合は、日本のスギ材で、すべて、1253年からほど遠からぬ時代に伐採されていることが分かりました。中に入っているお経には、南宋の紹定年間(1228~34)に作成された版木で刷られたものがあります。ということは、中国で作った最新のお経を日本に輸入し、それを大切にとっておくために、日本でこれらのハコを作ったことになります。

 私も、こういうことを経験すると、古文書や書物を調査する際には、ハコも少し注意するようになりました。その上での印象を申しますと、このように柾目板のみで作るハコは、鎌倉時代以前のものばかりで、それ以降にはまず無いように思います。また、時代が下って江戸時代くらいになると、スギやヒノキのハコでも、年輪の間隔がずいぶん広くなるように感じます。そういう木は、よく育つ環境で、人間が植林して育てた木なのでしょうか。つまり、鎌倉時代くらいまでは、自然に生えていた樹齢何百年という木を贅沢に使っていたけれども、後にはそのような木が減り、人間が植林していった、という様子が目に浮かんできます。

 また、古文書や書物を入れるハコは、古くはスギやヒノキと思われるものばかりですが、戦国時代頃から、キリのハコが見えるようになります。キリは年輪の間隔が極端に広くて軽いので、素人でも区別できます。キリだと、身とフタとがピッタリ閉まるハコを作ることができます。木の利用の仕方も多少の変化があるようです。

 私は木やハコのことは素人です。だから上に述べたことも、何となく感じているだけです。ただし、日々の業務で文化財を扱い、他の専門家とも話をすると、自分の知らなかった専門外の素材から、思わぬ歴史を感じることがあります。私は文字の専門家ですが、文字をいくら読んでも、そこに書かれていない事実は山のようにあります。いろんな所に、自分の知らない歴史が隠れていて、うまくアンテナをめぐらせれば、そういう広い世界の一端を感じることができます。そのような経験ができるのは、文化財を扱う醍醐味だな、と思っているところです。

 

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興福寺「宋版一切経」経箱第九号

 

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同上 部分拡大図

 

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興福寺所蔵「宋版一切経」経箱

 

(文化遺産部歴史研究室長 吉川聡)