奈良文化財研究所に関するさまざまな情報を発信します。

坂田寺跡出土の銭貨

2017年5月 

 奈良県高市郡明日香村にある坂田寺跡は、鞍作氏の氏寺で、飛鳥を代表する尼寺とされる坂田寺の遺跡です。今回は、ここから見つかった地鎮の銭貨をご紹介しましょう。

 1986年の発掘調査でみつかった土坑SK160からは、合計291枚もの銭貨、金箔・琥珀玉・ガラス玉などの玉類、銅鈴・佐波理鋺などの金属製品、土師器・須恵器・灰釉陶器などの土器類が、散布したような状態でみつかりました。内容からみて、削平された8世紀後半の基壇建物にともなう、地鎮の遺構と考えられています。

 出土状況からみると、散らばった銭貨にはいくつかのまとまりがあり、一部には織物の組織が付着していたことから、もとは何枚かの銭を紐で連ねたり、布で包んでいた可能性があります。

 最近おこなったX線CT撮影による調査結果もあわせると、SK160出土銭の構成は、和同開珎約210枚、萬年通宝約30枚、神功開宝約50枚、開元通宝1枚、不明数枚からなることがわかりました(破片のものや、長年の間に調査記録と遺物の対照が不明確になってしまっているものが一部あるので、詳細は精査しているところです)。

 銭種構成から地鎮の時期を推測すると、この銭貨群は隆平永宝(796年初鋳)を含まないので、神功開宝が初鋳された765年より後で、796年より前に、銭を集めて地鎮したのでしょう。

 注目されるのは唐の開元通宝が1枚だけ含まれていることです。地鎮埋納銭の大半の事例は国産の銭貨だけで構成されますが、開元通宝を含む事例としては、興福寺中金堂鎮壇具で開元通宝1枚と和同開珎145枚が出土し、霊安寺塔跡の心礎周辺では開元通宝1枚、萬年通宝1枚、隆平永宝11枚が出土しています。坂田寺跡SK160を含め、いずれも国産の銭貨を主としつつ、1枚だけ開元通宝を入れることが共通しています。開元通宝の出土は限られているので、意図して唐銭を1枚だけ入れた可能性があるでしょう。

 基壇の地鎮は、奈良時代前期に唐からもたらされた『陀羅尼集経』に基づいていると指摘されてきました。これには仏堂建立にあたり基壇内に七宝や五穀を埋納する作法が記されており、金銀や玉類が出土することはこれと合致します。一方で、銭貨はここに含まれません。銭貨は土地の売買代金などとも言われていますが、儀礼にはまだわからないことも多くあります。

 以上簡単にご紹介したように、多量の銭貨で構成された坂田寺跡SK160出土銭は、古代の地鎮を研究する上で注目すべき資料です。発掘後は長らくクリーニングもされないまま都城発掘調査部で保管されていましたが、安定した保存と活用のため、私が都城発掘調査部に所属していた時に、保存処理作業を開始しました。作業が完了した92点は、現在、飛鳥資料館で常設展示し、好評を得ています。しかし保存処理作業は中断されたため、その他の個体は未処理のまま残されています。いつの日か一括資料として全貌を公開できたら良いと思います。

 

坂田寺跡SK160出土の銭貨(保存処理前).jpg

坂田寺跡SK160出土の銭貨(保存処理前)

 

(飛鳥資料館学芸室長 石橋茂登)