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起きあがる古代の記憶

2017年4月 

 墨で文字のかかれた木札を木簡(もっかん)と呼びますが、文字を消すために木簡の表面から刃物で薄く削りとられた細片のことを、とくに削屑(けずりくず)と呼びます。1cmに満たないほど小さなものも多い削屑ですが、表面に少しでも文字が残っていれば、立派な文字資料です。奈文研の研究員たちは、「大きな木簡」はもちろん、どんなに小さな削屑でも細かく観察して文字を読み、それらがもつ古代の記憶(歴史)を引き出しています。でも、木簡の削屑が持つ記憶は他にもあるのです。今回は文字の研究から少しはなれ、この削屑を保存処理する現場からお話をしたいと思います。

 最近では鉛筆を使う人も、また鉛筆を刃物で削る人も少なくなりましたが、鉛筆をナイフなどで削ると、その屑がくるっと丸まるのはご存知かと思います。遺跡から出土する木簡の削屑も、その多くが丸まった、あるいは反ったような状態になっているため、丁寧に水洗いをしたうえで、文字が見えるよう1点ずつ平らに伸ばして整理されます(写真1)。
そして、削屑を保存処理するときにも、やはり平らな状態を維持するのが原則となっています。

 奈文研では、削屑に高級アルコールという薬剤(やくざい)をしみこませ、真空凍結乾燥機(しんくうとうけつかんそうき)を用いて「乾燥・固化」(フリーズドライ)することで保存処理をおこなっています。ただ、真空凍結乾燥が終わったばかりの削屑は、表面に余分な高級アルコールが残っており、全体が白っぽくなっています。そこで最後の仕上げとして、削屑の表面をきれいにする「表面処理」をおこないます。この作業では、細いペン型のドライヤーのような道具で熱風を削屑にあてることで、表面に残った高級アルコールを溶かして取りのぞきます。

 しかし、言うのは簡単なのですが、削屑はとても薄くてこわれやすいため、熱風をあてるときには細心の注意を払います。作業に集中すると、呼吸するのを忘れてしまうこともあります。削屑が飛んでいかないよう、軽く指でおさえながら慎重に熱風をあてていくのですが、ときおり削屑が生きているかのように動き、反りあがってくることがあります(写真2)。削屑が伸ばされる前の状態、つまり木簡から削られた時のくるっとした形に戻ろうとしているのでしょう。削屑が1300年前の記憶(かたち)を取り戻し、むくりと起きあがる時、彼らが削られたその瞬間に触れられたように感じます。

 とはいえ大切な文字資料である削屑は、今後の調査研究のためにも、安全に保管するためにも、平らな状態であることがのぞまれます。削屑が目覚める瞬間に感慨をおぼえつつ、反りが戻らないよう、いつもそっと優しく寝かしつけています。

 

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写真1 ガラス板の上に平らに伸ばした保存処理前の削屑

 

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写真2 表面処理時に「起きあがった」削屑

(埋蔵文化財センターアソシエイトフェロー 松田 和貴)

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