2017年2月
「最近は少なくなったけど、今でも奈良公園や春日大社の近くに住んでいる人は、近くのスーパーに行くときは鹿に乗ります」
「か、からかうんじゃない」
「本当です。奈良公園のあたりに行ったら、いくらでもマイシカに乗っている人を見かけます」
平城宮跡と奈良公園界隈を舞台に万城目学さんが描いた小説『鹿男あをによし』(幻冬舎)の一幕です。テレビドラマ化もされたので、皆さんご存じかもしれません。
万城目さんの作品はどれもが歴史や土地の風景をよくふまえているので、ありそうでなさそう、でも、ひょっとしたらあるかも、なんていう絶妙な描写にイメージが膨らんで、ますます物語に引き込まれてしまいます。
遺跡や文化遺産の調査でも、対象の状況をできるだけ忠実にそして分かりやすく他者に伝える文章が大切です。ただ、文章は読み手次第で受けるイメージが変わりますし、その言語が分からなければ内容を理解できません。だから考古学では、写真や図を主な記録方法とし、文字はそれらでは記録できない部分を補足するものと位置づけてきました。
また模型作製などによる立体的な記録と表現も85年以上前から進められてきました。近年は三次元レーザースキャナーを使って対象を三次元のままデジタル記録し、そのデータを活用してレプリカを作成する方法も普及しつつあります。
ただ、三次元レーザースキャナーは高価なので、いつでも・誰でも・どこでも使える道具ではありません。でも、遺跡の発掘調査現場では検出したそばから劣化していく遺構・遺物がある。早急に記録して、保存処理の段階に進めたい。あるいは、解釈の難しい遺構を現場で考える時間がほしい。けれど、複雑な遺構も検出していてその記録に多くの時間を割かねばならない。という事態はしばしば。さて、どうしたものか。しかもこの課題を、世界中の遺跡や文化遺産の調査に関わる人々が抱えています。
最近、コンピュータビジョンという分野で開発されたSfM-MVSが注目されています。これは、デジタルカメラで撮影した写真をパソコンで解析して三次元モデルを作成する方法で、農学や地理学など様々な分野で導入され始めています。デジタルカメラといっても、スマートフォンのような簡易カメラでも可能で、パソコンで解析する手順も難しくありません。
この方法なら、検出した遺構や遺物をいち早く立体的に記録することができます。三次元モデルを作成して、モデルと実物を見比べながら所見や加筆を加えて図を作成することもできます。しかも、いつでも・誰でも・どこでもできる。もちろん、この方法は遺跡の発掘調査に限らず、神社の狛犬や石仏、石碑や歴史的な建造物など地域の様々な文化遺産の記録にも利用できます。
ただし、この新しい方法だけでは記録できない情報も数多くあります。そこで、こうした新しい方法とこれまで洗練されてきた記録方法を融合させたより良い方法の試行錯誤を日々重ねています。その一環として、冒頭の『鹿男あをによし』の主人公が平城宮跡を歩きながら見たかもしれない石碑「平城宮址保存記念碑」(写真1)の三次元モデルをSfM-MVSで作ってみました。
写真1 平城宮址保存記念碑
平城宮址保存記念碑の三次元モデル
するとどうでしょう? パソコン上で360度クルクル回して好きな角度から見ることができます。形も色もバッチリ。もしも身の回りの気になる文化遺産が思い浮かんだなら、これはもうやってみる
(埋蔵文化財センターアソシエイトフェロー 山口 欧志)