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入所当時の思い出

2017年1月 

 長らく研究所にお世話になりましたが、今年度末で退職となりました。作寶楼の趣旨とはやや違うかもしれませんが、ちょうどこの時期に執筆順が回ってきたので、思い出を語ることをお許しください。

 私が研究所に入ったのは1981年4月でした。今でもそうですが、新人は平城宮跡発掘調査部、今の都城発掘調査部平城地区に配属されていました。調査部では東院の128次調査が延びて、北方の129次調査が始まるという非常に忙しい時期の配属になりました。そこで、かどうかはわかりませんが、着任前の1981年3月はアルバイトとして、128次調査の現場にお世話になりました。写真1がその時の記念写真、両側を木の板で護岸した東院西側を流れるSD3109と呼んでいた溝での写真です。この現場の担当で文化庁で長らく世界遺産担当の主任調査官を務められた本中眞さんや、山口大学におられた中村友博さん、現在東京文化財研究所の所長をなさっておられる亀井伸雄さんなどそうそうたるメンバーが写っています。なぜ私が中央でえらそうに写ってるのかは不明です。

 次はその後1981年5月から研修現場として配属された129次調査の最後に撮った記念写真のようです(写真2)。検出された井戸SE9745で担当だった毛利光俊彦さんや大学で教鞭を執っておられた森郁夫さんや田中哲夫さんなど、懐かしいメンバーが写っています。

 そして最後が、1983年3月に始めて担当した146次調査の現地説明会の写真です(写真3)。当時は参加者が100名を超えるかどうかが課題となるような、のんびりした説明会でした。こうやって見てみると、鬼籍に入られた方もおられ、時代を感ぜざるをえない写真たちです。思い出に終始してしまいました、お許しください。

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 写真1 平城宮跡第128次調査

 

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 写真2 平城宮跡第129次調査

 

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 写真3 平城宮跡第146次調査

(副所長 杉山洋)

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