ほとんどが胡麻油
秋分が過ぎ、日が落ちるのもだんだん早くなってきました。暗い室内などで読み書きをするには、照明が必要です。ガスや電気が普及するまで、照明には油が欠かせませんでした。
平城京の役所では、土器の皿に油を注ぎ、麻布などを芯にして火を灯(とも)し、明かりをとっていました。
古代の文献に現れる油は、胡麻(ゴマ)、荏(エゴマ)、麻子(アサ)、蔓椒(イヌザンショウ?)、海石榴(ツバキ)、呉桃子(クルミ)、閉美(イヌガヤ?)の7種類。最もよく使われたのは胡麻油で、単に「油」と言えば胡麻油を指すと考えられています。
灯明に使われたと確認できる油も、ほとんどが胡麻油です。ただし、11月の鎮魂祭や大晦日(おおみそか)の追儺(ついな)といった儀式では、蔓椒油が使われていました。儀式の性格に関わって特別な油を選んでいたのでしょう。
このほか、飛鳥池工房遺跡(明日香村)では、「富子木油」と書かれた木簡が見つかっており、飛鳥寺のお坊さんが灯明に使った油の可能性があります。「富子木」が何の植物にあたるのかは、よくわかっていません。
灯明油については、文字資料だけでは不明な点がたくさんあります。今後、灯明皿の科学的な分析が進めば、古代の照明事情がもっと明るく照らし出されることでしょう。
平城宮跡東院地区で出土した「胡麻油」と書かれた付札木簡
(奈良文化財研究所研究員 桑田訓也)
(読売新聞2016年10月16日掲載)