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「あめのはぶき」と鹿の皮

2016年11月 

 以前、このコラムで鍛冶屋さんのお話を書いたことがあります。今回はそれに関連して、「天羽鞴(あめのはぶき)」という「鞴(ふいご)」のお話をしようと思います。鞴というのは送風装置のことで、鍛冶屋などで、鉄を真っ赤に熱したり銅を熔(と)かしたりできるように、炉に空気を送り込んで炭を勢いよく燃やし、温度を上げるためのものです。「天羽鞴」は、日本書紀「神代(じんだい)」の一書の中で、第七段「天石窟(あまのいわや)」に出てくる鞴です。

 それは、以石凝姥為冶工、採天香山之金、以作日矛、又全剥真名鹿之皮、以作天羽鞴、という一節で、つまり、天照大神が石窟に引きこもられてしまったので、天照大神を誘い出すために神の姿を写すものを作ろうとなった時のこと、「石凝姥(いしこりどめ)という鍛冶屋に香具山(かぐやま)の金(かね)を採って日矛(ひほこ)を作らせ、また、真名鹿(まなか)(鹿)の皮を丸ごと剥いで天羽鞴を作った」というのです。もちろん、香久山で鉄などの金属類が採れたことはなく、また、鍛冶をした様な跡も見つかっておりませんから、これは神話と考えるべきですが、鹿皮の鞴については最近、少し面白いことが分かってきました。

 丸ごと剥いだ獣皮で作る鞴は、おそらく「ふきかわ(吹皮)」と呼ぶ、袋状の鞴であったと思われます。平安時代の法令集である「延喜式(えんぎしき)」には、牛皮が吹皮の材料として上がっていますが、より古い時代には鹿皮が使われていたのかどうか?実は、古代の鞴そのものが出土した例はなく、よく分かっていません。そこで私は、仲間と共に実際に鹿皮を使って鞴を作り、本当に送風できるのかどうか、実験してみました(動画)。

 あるお肉屋さんから鹿皮を譲っていただき、それを鞣(なめ)して袋状に形を整え、先端には長めの送風管を装着、後部は弁のついた蓋でふさぎました。蓋の部分に取っ手を付けて、それを、ちょうどカメラの蛇腹(じやばら)のように前後に動かしてみたところ、結構、勢いよく風を送ることができました。つまり、鞴として使えることが分かってきたのです。とは言っても、これで「天羽鞴」の実在を証明したことには、決してなりません。ただ、「鹿皮の天羽鞴」には何らかの史実の一片が含まれるのではないか、と今は思い直しているところです。

 

手作り鞴送風実験の様子

(埋蔵文化財センター長 小池 伸彦)

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