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増田町の民家

2016年11月 

 建造物研究室では2014,15年度に秋田県横手市増田町の重要伝統的建造物群保存地区に所在する2棟の民家の詳細調査を実施しました。秋田県内陸南部の横手盆地は日本有数の豪雪地帯として有名です。

 増田町は中世の増田城下町に端を発する集落で、増田城の廃城後も周辺の物資の集散地として栄え、現在も2と5と9の付く日に九斎市が開かれています。明治以降は増田の商人が開発した吉乃鉱山を擁し、地域の中心として栄えましたが、1957年の閉山やその後の商業環境の変化等により、近年では緩やかに活力が失われつつありました。2013年に重伝建に選定されてからまだあまり時間が経っていませんが、高度成長期に店を覆ったパラペットの除却など修理修景等の事業が進み、見応えのある往時の町並みが甦りつつあることが実感されます。それとともに町外からの観光客も増え続けており、活気を取り戻しつつあります。

 増田の町家は間口約10メートル、奥行きは時に100メートルに及ぶ短冊形の敷地に正面から切妻造妻入りの主屋、主屋の屋根を後方に延長した形の鞘に覆われた内蔵を置き、敷地奥に外蔵を置くものです。主屋はほとんどが近代のものですが正面妻に3~4重の梁を架け、梁の端部に母屋を載せて螻端(妻の軒の出)を大きく出す特徴的な外観を持つもので、先日美術館で見た藤田嗣治の「秋田娘」という作品のバックに雪に埋もれたこの形の民家が描かれていました。画家の目にも地域を象徴するものとして映ったものと思われます。さらに増田の町家には2階正面に付け庇を巡らせ、その屋根には社寺建築の繁垂木や扇垂木を飾っているものもあります。

 増田の民家を特徴付けるのは何と言っても内蔵の存在です。明治期以降、増田の商人は蓄えた富を自分の住宅に注ぎ込みました。内蔵は土蔵でありながら床の間や違い棚などを備えた座敷を設え、秋田杉や欅などの銘木をふんだんに用い、木部は透き漆塗り、壁は漆喰の磨き仕上げとするなど、まさに富の象徴として建てられました。しかし鞘に入っているので外観からはこうした内蔵はほとんど見えません。川越(埼玉県)や佐原(千葉県)などが蔵の町として有名ですが、贅を尽くしながらこれ見よがしでないところが増田の魅力かもしれません。増田にはこうした内蔵が40棟程残っており、そのうち20棟程は見学することができます。

 私たちの文化財調査は関西がベースですが、遠方の秋田で思わず増田の民家のような良質のものに出会うと日本は広いと実感できます。増田の保存には一度廃れてしまった左官の技術をどうするのかなど課題もありますが、順調に事業が進むことを願って止みません。関西ではまだまだ知名度は低い町ですが一度訪れられては如何でしょうか。

 

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増田町松浦千代松家座敷蔵内部

 

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増田町佐藤又六家の調査風景

 

(文化遺産部長 林良彦)

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