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(150)百済ないもの・あるもの(下)

日本産の木材を輸出

 前回は百済から来た様々なものを紹介しました。4世紀に始まるそのような友好関係は、百済が唐・新羅連合軍に滅ぼされる660年代まで続きました。

 さて、百済から伝えられた様々なもの、それらは何と引き換えに日本に輸出されたのでしょうか。それを解くカギが百済の王陵から出土しています。

 公州や扶余、益山といった百済の都に築かれた王陵の多くにコウヤマキ製の木棺が使用されているのです。形や装飾からみて、これらの棺(ひつぎ)は百済で加工されたと考えられますが、コウヤマキは朝鮮半島には生育しない日本固有種です。日本では近畿地方を中心に、古墳時代を通じて、棺材として多用されてきました。百済王の死を悼んだ倭王(わおう)が、棺材としてコウヤマキの大木を贈ったのでしょうか。

 近年、韓国で出土木製品の樹種同定が進んだ結果、コウヤマキだけでなく、スギやクスノキ、カヤなどの日本列島産とみられる木材が、棺や船の材料として用いられていたことが明らかになってきました。森林資源に恵まれた日本の木材は、百済をはじめとする朝鮮半島では、貴重な「百済(に)ない」ものだったようです。「百済ある」ものの見返りが、考古学から徐々に見えてきました。

 

(150)百済ないもの・あるもの(下)国立公州博物館.jpg

韓国国立公州博物館に展示されている百済・武寧王陵から出土した木棺のレプリカ

(奈良文化財研究所研究員 諫早直人)

(読売新聞2016年8月28日掲載)

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