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(149)百済ないもの・あるもの(上)

最先端の技術を輸入

 取るに足らないこと、つまらないことを意味する「くだらない」。この言葉が「百済(に)ない」に由来するという説があるとかないとか。

 その真偽はさておき、古墳時代から飛鳥時代にかけて、日本は実に様々なものを、百済から輸入しました。その始まりは天理市の石上神宮に伝わる七支刀(国宝)で、遅くとも4世紀代にまで遡ります。七支刀には、百済王がこの刀を倭王(わおう)のためにつくらせたことがはっきりと刻まれています。この刀に象徴される鉄素材は、当時の日本ではつくることのできない貴重な輸入品でした。

 輸入されたものは、かたちあるものに留まりません。「日本書紀」には、儒教を教える五経博士が、6世紀代に繰り返し百済から日本に派遣されたことが書かれています。そうした知識・技術やそれを伝達する文字も、百済から伝わりました。飛鳥寺の建立を契機に日本に定着する仏教も百済が伝えた大事なものの一つです。

 しかし、これらの多くは、百済にもともとあったわけではありません。百済は黄海の向こうの中国南朝と頻繁に交流することで、日本に先んじて当時最先端の知識や技術・文化を受容していました。「百済(に)ある」もの、それは古代の日本にとって、喉から手が出るほど欲しいものでした。

 

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百済王から贈られたとされる七支刀=石上神宮提供

(奈良文化財研究所研究員 諫早直人)

(読売新聞2016年8月21日掲載)