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(148)税金として納められた土器

遠方の国々からも運搬

 奈良時代には、税金としてさまざまな物品が、地方から平城宮に運ばれました。青灰色をした硬い焼き物である須恵器も、その一つです。「延喜式」によると、須恵器を納税していたのは、摂津・和泉・近江・美濃・播磨・備前・讃岐・筑前の国々でした。

 筑前(現在の福岡県)の須恵器は、大宰府に運ばれたので除くとしても、美濃(岐阜県)や備前(岡山県)などは、平城京からみるとかなり遠方です。こうした遠い国から、重くて、乱暴に扱うと壊れてしまう須恵器が、本当に平城宮に運ばれたのでしょうか?

 答えは、イエスです。平城宮・京から出土する須恵器の中には、写真に見るような「美濃国」の刻印をもつ須恵器があり、遠路はるばる運ばれていたことがわかります。しかし、数万人にのぼる平城京住民の食器としては、とても遠方から運ぶ須恵器だけでは足りません。

 平城京で使われた須恵器の多くは、運搬に便利な隣国の和泉(大阪府)陶邑(すえむら)窯の製品です。

 そして、ついには平城京に近い、奈良山や生駒山でも須恵器が焼かれるようになります。しかし、これら平城京近郊の窯跡は、調査例が少なく、大和産須恵器の特徴や流通量はよく分かっていません。これからの調査と研究が期待されるところです。

 

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平城京から出土した須恵器と、刻印された「美濃国」の文字(右)

(奈良文化財研究所主任研究員 神野恵)

(読売新聞2016年7月31日掲載)

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