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空地がいっぱい?まだまだ未知の平城宮

2016年7月 

 みなさんは、平城宮の宮城図をご覧になったことはあるでしょうか?(まだの方は当ホームページからダウンロードできますのでどうぞ)宮城図は奈良時代前半のものと後半のものがありますが、どちらも描かれている建物の数が少ないことにお気づきになるでしょう。

 …平城宮は建物の少ない、がらんとした場所だったのでしょうか?…

 もちろんそんなことはございません。描かれている建物はこれまでの発掘調査で存在が判明したものです。平城宮跡の発掘調査は、現時点で総面積約131万㎡のうちの37%ほどがようやく済んでいるにすぎません。図中の何も描かれていない所は未発掘の場所であり、今後の調査で大発見があるかもしれない場所なのです。

 平城宮は、現代でいえば皇居と国会議事堂に霞が関の官庁街を合わせたような、国政の中枢です。当然諸々の役所の建物が建ち並んでいたことでしょう。しかし現在、推定も含めて位置や機能がわかっている役所はごく一部です。宮内にはどのような役所がどれだけ存在したのでしょうか。

 そのことを解明する手がかりの一つに平安宮の宮城図があります。図からは、造営当初からその通りであったか定かではありませんが、役所の配置を知ることができます。これまでの発掘調査から、平安宮は奈良時代後半の平城宮の姿を受け継いでいたことが判明しています。そのため、平城宮の役所の配置も平安宮から遡って推測することができるわけです。もちろん、立地の違いや官制の変遷など諸事情により異なる部分も多く、平安宮の配置をそのまま当てはめることはできません。

 宮内がどう区画され、どの区画にどの役所が配置され、どれほどの数と規模の建物が建っていたのか…。そうした詳しい実状、そして全貌を解明するには、発掘をはじめとするさまざまな調査・研究の積み重ねが必要なのです。

 平城宮には解ったようで解っていないこともまだたくさんあります。すでに発掘し解明済みとされる建物などの遺構についても、今後の調査・研究によっては、全体像が明らかになってそれまでの解釈を変更する必要に迫られたり、機能や性格をより特定できるかもしれません。

 果たして今後、宮城図にどれだけ建物が新たに描き加えられるのか。図上で“平城宮が完成していく”さまを楽しみにしながら気長にお待ちください。

 

 

奈良時代後半の平城宮宮城図.jpg

奈良時代後半の平城宮宮城図 (図版出典『平城宮跡整備報告書』2016)

 

 

平安宮宮城図 (図版出典『図説 平城京事典』.jpg

平安宮宮城図(図版出典 『図説 平城京事典』奈良文化財研究所編、2010)

 

(都城発掘調査部アソシエイトフェロー 坪井久子)