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古墳時代の刀の楽しみ方

2016年6月 

 昨年は流行語大賞に「刀剣女子」がノミネートされるなど、日本刀ブームが世を賑わせました。博物館の日本刀展示コーナーにも多くの若い女性の姿が見受けられ、「古墳時代の刀剣」を主な専門分野とする筆者は、刀剣への注目度が上がることを密かに喜んでおりました。ところが悲しいかな、筆者が研究対象とする古墳時代の刀は、土の中に埋まっているうちにすっかり錆びてしまっていて、刀身の輝きや刃紋といった刀独特の美しさは見る影もありません。擬人化したところで満身創痍の老侍にしかならない古墳時代の刀は、刀剣女子に一顧だにされない存在なのです。

 しかし古墳時代の刀は、刀身が錆びてしまったからといって、決して魅力を失ってしまったわけではありません。ここでは、あまり顧みられることのない古墳時代の刀の楽しみ方について、解説してみたいと思います。

 「刀」が日本列島に出現するのは弥生時代。次の古墳時代には次第に主流の武器として広く普及し始めます。そして古墳時代後期、6世紀代になると、金や銀、金銅で柄や鞘を飾った「装飾大刀」が大流行します。こうした貴金属は鉄に比べて腐食しにくいため、その装飾は千年以上の時を経た後も美しさを保っているのです。

 古墳時代後期の装飾大刀は、ヤマト王権との関係の証として限られた有力者だけが所有することができました。実用品というよりは権威の象徴品だったのです。その種類も、環頭大刀、圭頭大刀、頭椎大刀など、様々なものがありますが、中でもおもしろいのが柄の先端にリング状の意匠を設け、リングの内側に一匹の龍(ないし鳳凰)の顔を配した「単龍(単鳳)環頭大刀」です。これは、遠く朝鮮半島の百済の王様が持っていた刀(写真左)を祖形とするもので、数ある装飾大刀の中で一時期最も主流となった刀です。

 この単龍環頭大刀には、1400年以上前のものとは思えない精巧な意匠表現が施されていて、それだけでも大変に見ごたえがあります。しかしさらに詳しく見ていくと、龍や鳳凰にいろいろな表情があることがわかります。例えば写真中央、福岡県箕田丸山古墳出土刀は、鳳凰の表情がなんともしょぼくれています。何か悲しいことでもあったのでしょうか。それに対して写真右の岡山県岩田14号墳出土刀は、笑顔に奥歯をのぞかせ自信満々、まさにドヤ顔です。このように、古墳時代の単龍環頭大刀は、一点一点少しずつ違う顔をしています。古墳時代の刀職人の流儀や性格を反映しているのでしょうか、その小さな違いからは、太古の作り手の「人間性」が垣間見える気がします。

 一方、ヤマト王権から贈られてきた大刀を手に入れた地方の豪族は、その柄にデザインされた龍の表情と同様、ドヤ顔で大刀を周囲に誇示していたことでしょう。その刀を手にした人物は、名前も顔も伝わっていませんが、そのことがかえって想像を無限に広げてくれます。つくった人、手に入れた人…太古の「個人」に思いを馳せながら眺めてみるのが、筆者が考える「古墳時代の刀の楽しみ方」です。

 

 

作寶楼+写真b.jpg

写真左:韓国公州武寧王陵出土刀

写真中央:福岡県箕田丸山古墳出土刀

写真右:岡山県岩田14号墳出土刀

(画像掲載許可済み)

 

(都城発掘調査部アソシエイトフェロー 金宇大)