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日本の漢字、中国の漢字

2016年1月 

 同じ漢字文化圏に属する日本と中国ですが、同じ漢字が違う意味で使われることが往々にしてあります。日本の「手紙」が中国ではティッシュ、あるいはトイレットペーパー、「湯」が中国ではスープ、「はしる」の意味の「走」が中国では「ある(歩)く」の意味であるといった具合に。実は、日中において漢字使用に違いが見られるのは現代に限ったことではありません。

 近年、木簡などの出土文字資料の増加によって、古代における日本と中国との漢字の使い方の違いも見えてきています。

 例えば、中国ではナマズを表す漢字「鮎」が日本ではアユを表す字に使われていますが、この例は既に1300年以上も前の7世紀の日本木簡に見えます。

 「椋」も中国ではムクノキという木の種類を表す意味でしか使われていませんが、日本ではクラの意味で使われることのほうが多く、7世紀の木簡に既にその用例があります。しかし、これは日本独自の用法ではなく、百済の木簡にも同じ用法で使われた例が確認され、その影響とされています。

 また、従来は日本の国字だとされていたカギの意味を表す「鎰」も、新羅の遺跡から「鎰」と書かれた錠前が出土して、日本と同じくカギの意味で使われたことが分かりました。もはや日本の国字とは呼べなくなったわけです。

 このように、日本では本来の漢字とは異なる意味で使われる例がしばしば見られます。実際、中国人である私もこのような例に出くわしたことがあって、大変驚いたことを覚えています。とある博物館に見学にいった時のことです。スコップ或いはシャベルのような形の農耕具が展示されていましたが、その下についているキャプションに、なんと、「鋤」と書いてあったのです(図参照)。日本では一般的にこれをスキ(鋤)というようなので、皆様は恐らくなぜこれに驚く?と思われるかもしれません。しかし、中国ではこれを「鍬」と書きます。逆に、日本で一般的にクワ(鍬)と呼ぶものは、中国では「鋤」になります。つまり、日本と中国で、「鋤」と「鍬」があべこべになっているのです。それで、気になって少し調べてみました。

 まず、中国の正格漢文をめざした『日本書紀』と日本語風の漢文である『古事記』にどう使われているか調べてみると、スキが『日本書紀』では「鍬」で書き表されているのに対し、『古事記』では「鉏」(鋤の異体字)で書き表されています。平安時代の古辞書をみると、「鍬」にスキの訓がつけられたものは見当たらず、『日本書紀』の漢字表記が異様に見受けられます。しかし、実はこちらのほうが中国の「正しい」使い方なのです。

 ただ、平城宮・京で見つかる8世紀の木簡を見ると、「鋤」(字体は「鉏」)と「鍬」が一つの木簡に書かれていて、両字が別物を指すということが分かります。古辞書の記載を参考にすると、「鍬」がクワ、「鋤」がスキと読まれていたのでしょう。そうすると、『古事記』が当時の文字使用の実態を示すことが分かります。

 実は、江戸時代の人もこうした使い方の違いに気づいていて、事典『和漢三才図会』には「鍬」にスキ、「鋤」にクハの訓をつけて、和名(日本語)はこれと異なることを指摘しています。

 では、なぜこのように、同じ漢字を使いながら、違う意味で使われるようになったのでしょうか。現代こそいろいろな辞書や語学学習のためのツールがあって、自国で使われる文字が他国と同じかどうか、簡単に調べられますが、古代の人たちは一体どうしていたのでしょうか。外国の使者などが日本に来た時、中国や朝鮮半島なら同じ漢字を使用していたため、筆談も可能だったのでしょうが、文字の使用法が異なるとコミュニケーションに障害は生じなかったのかなあ、その時どうしていたのだろう...などと想像が膨らみます。

 日中における漢字の使い方の違い、その間には朝鮮半島の影響による部分も少なくなく、東アジア全域に視野を広げた研究が求められています。出土文字資料が増えつつある今日、漢字使用の実態解明も遠くないでしょう。

 

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鋤と鍬

 

(都城発掘調査部アソシエイトフェロー 方国花)