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(115)古代ガラスの製法

破片を加熱 再利用

 日本では、弥生時代や古墳時代の遺跡から、たくさんのガラス玉が発見されています。でもこの時代のガラスは、すべて輸入品、外国産のガラスでした。

 国産ガラスの製造が始まるのは、飛鳥時代の7世紀後半になってからのこと。奈良時代にはお寺や仏像の装飾に、大量のガラス玉が使われました。そのガラスの作り方は、正倉院に残された興福寺西金堂の造営史料から知ることができます。

 それによると、ガラスの主原料は石英(水晶)と鉛(鉛丹)です。これを「るつぼ」で溶かしてガラスをつくりました。ガラスの着色剤は鉄や銅で、鉄を加えると黄色~褐色のガラスが、銅を加えると緑色のガラスができました。

 飛鳥時代の工房跡である飛鳥池遺跡や平城京からは、砲弾形をしたガラス「るつぼ」とともに、ガラス小玉の「鋳型」が出土しています。

 その鋳型は、たこ焼き用の鉄板のミニチュアのような形をしています。でも、たこ焼きとは違って、とけたガラスを流し込むのではなく、ガラスの破片を鋳型の穴につめ、再加熱してガラス玉に加工しました。原料には、割れてしまったガラス玉の破片を利用したと考えられています。1300年以上前から資源をムダなくリサイクルしていたなんてすごいですね。

 

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飛鳥池遺跡出土のガラス関連遺物。
るつぼ(左)、石英と鉛(右上)、ガラス小玉用の鋳型(右下)とガラス片(中央下)

(奈良文化財研究所研究員 田村朋美)

(読売新聞2015年8月30日掲載)