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続けたい庭園史の研究

2015年10月 

 日本庭園の歴史の研究を30年以上続けてきました。当初、京都市文化財保護課に勤務していたときには、文化財行政に従事するかたわら、おもに近代京都の庭園について勉強していました。1987年に奈文研に入所してからは、平城宮跡や飛鳥・藤原宮跡の発掘調査に携わったため、発掘調査の成果をもとにした古代の庭園の研究にいそしむようになりました。「近代」と「古代」、間が大きく空いた「間抜け」状態の間を埋めなければという思いも頭の片隅にはあって、その後興味の赴くままに中・近世の庭園や関連する事柄の研究に取り組んできました。十分な成果を挙げたと胸を張るには程遠いのですが、それでも何とか古代・中世・近世そして近代の庭園を題材に書きためた拙論からピックアップして一書にまとめ、『日本庭園の歴史と文化』(吉川弘文館)として、つい先日、出版することができました。来春の定年退職を前に、少しホッとしているところです。

 実は、ここ数年、日本庭園を相対化するという観点で、欧州とりわけイタリアの庭園に足を運び、実際にその在り方を見てきました。イタリア語は読めませんので、日本語か英語で書かれたものを参考にしながらではあるものの、やはり現地で実物を見ることの大切さを実感しています。残念ながら研究論文を書くところまでは到らないのですが、様々な観点から、イタリアと日本の庭園の比較を試みているところです。

 まず、支配者の庭園の観点では、ローマ近郊ティボリのヴィラ・アドリアーナ(2世紀)と、奈良県明日香村で発掘された飛鳥京跡苑池(7世紀)。ハドリアヌス帝が造営したヴィラ・アドリアーナでは、エジプトやギリシャの景観を題材にしてローマ帝国の版図を誇示するという帝国の理念に基づいたデザインが見られます。一方、飛鳥京跡苑池では、斉明天皇が「小中華の帝王」として、中国・唐帝国の禁苑の理念を引き写した様相が窺えます。

 次に水のデザインの観点では、同じくティボリにあるヴィラ・デステ(16世紀)と京都の修学院離宮(17世紀)。ヴィラ・デステは世界一の水の庭園とも言われ、利水技術と庭園的技巧を駆使した様々な噴水などの水の演出で来訪者を魅了しています。一方、比叡山麓に立地する修学院離宮は眺望の庭園というイメージがありますが、長大かつ堅固な堤防を築いて山麓斜面地に広大な池を築造し、谷水を導水するための滝や流れを設えるなど、実は水のデザインに大きなこだわりを持ち、膨大な労力を注ぎこんでいるのです。

 さらに、楽園の観点では、イゾラ・ベッラ(17世紀)と琵琶湖に浮かぶ竹生島。イゾラ・ベッラは北イタリアのマジョーレ湖に浮かぶ島のほぼ全体を宮殿としたもので、そこには贅を尽くした見事なバロック庭園が展開します。一方、竹生島は、もちろん庭園ではありませんが、都久夫須麻神社や宝厳寺の存在に見る通り、神の住む島として信仰の対象になってきました。湖に浮かぶ島は、海のように荒れることのない湖水によって外界とは隔絶された理想の楽園だったのです。

 思いつき程度のことを書き連ねましたが、目に見える現象面は大きく異なっていても、庭園としての理念的なものは洋の東西を問わないのではないか、との感を強くしています。今後も、庭園の歴史の研究は続けていきたいと思っています。

 

1.エジプトのイメージで造られたカノプス.jpg

ヴィラ・アドリア―ナ内、エジプトのイメージで造られたカノプス

 

2.飛鳥京跡苑池.jpg

飛鳥京跡苑池
(橿原考古学研究所『史跡・名勝飛鳥京跡苑池第7次調査(飛鳥京跡第173次調査)現地説明会資料』より)

 

3.見事な噴水(ヴィラ・デステ).jpg

見事な噴水(ヴィラ・デステ)

 

4.上離宮浴龍池(51-02)(宮内庁許可).jpg

修学院離宮・上御茶屋の浴龍池 ◇写真・宮内庁ご提供

 

5.マジョーレ湖に浮かぶイゾラ・ベッラ.jpg

マジョーレ湖に浮かぶイゾラ・ベッラ

6.琵琶湖に浮かぶ竹生島.jpg

琵琶湖に浮かぶ竹生島

 

 (副所長 小野健吉)

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