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尻尾は1つか2つか!?

2015年10月 

 鴟尾(しび)と聞いて、すぐに形を思い描ける人はどれくらいいらっしゃるでしょうか。鴟尾は、お寺などの瓦葺き屋根のてっぺん、鯱(しゃちほこ)と同じく大棟の両端にのっている角(つの)のようなものです。2010年に復原された平城宮第一次大極殿にも金色に輝く金銅製鴟尾がのっています。鯱と違って鴟尾には頭はありませんが、屋根に接する方を頭部、ぴんと上に伸びた方を尾部と呼んでいます。

 現在進行中の第一次大極殿院復原事業で復原される予定の築地回廊の屋根の四隅にも大極殿と同じく金銅製の鴟尾がのることになりました。ただ、この鴟尾は大棟が直角に曲がる部分にのるため、大極殿や大仏殿の鴟尾と違って、頭部が二つある特殊な形(双頭)にしなければなりません。

 そこで私たちは参考資料を探しまわりました。飛鳥にあった山田寺の回廊(7世紀後半建立)に瓦製の双頭の鴟尾のっていたことが発掘調査で明らかになっています。これは尻尾が一つ(単尾)です。一方で平安宮が描かれた『年中行事絵巻』(12世紀後半成立)には、回廊の隅に鴟尾がみられ、尻尾が二つ(双尾)です(図1)。中国敦煌の壁画の中にも回廊の隅に鴟尾が描かれており、単尾も双尾もどちらもあります。

 ここで困ったのは、どちらの形を参考にするか、でした。平城宮では材質を問わず鴟尾が一片も出土しておらず、身近な参考資料がありません。平城宮の時期に近く、出土した実物資料があるのは山田寺例ですが、一豪族の氏寺です。平安宮例は平城宮と同じ宮殿建物ですが、時期が離れる上に絵の中でしか確認できません。

 議論が白熱する中、京都市上ノ庄田瓦窯跡から双頭かつ双尾の鴟尾片が出土しているとの耳寄り情報を得ました。平安宮の瓦を焼いていた窯跡ですから絵画と一致するかもしれません。急ぎ、実物を見学に行きました。とても複雑な形のごく一部分の破片であったため(『奈文研紀要2015』参照)、当初はどう見たら双頭双尾の鴟尾に見えるのかもわからず苦労しました。京都市埋蔵文化財研究所の方が準備して下さった粘土を用いて、実際に鴟尾の形を作りながら試行錯誤した結果、尻尾が二股に分かれる付根部分と理解できました。そしてやっと双頭双尾の鴟尾であると皆が納得し、実物も絵画も揃い、なおかつ宮殿建物に使用されたこの出土資料を参考に復原することになりました。

 (株)山本瓦工業さんに復原を依頼し、出来上がったのが図2上段で、そこから文様など奈良時代の鴟尾らしく少し変更したのが図2下段です。復原される築地回廊の屋根にのる鴟尾はデザインの検討を深めた形で、金銅製になります。

 この鴟尾は、かなり限られた資料を基にした復原ではありますが、復原建物にのせられる鴟尾の形としては日本初です。ですから、何だこれ!?、とびっくりされる人も多いでしょう。でももしかしたら、全国の発掘調査の出土品で、元の形が分からなくて困っている資料の中に類似する鴟尾の破片があるかもしれません。この鴟尾の復原がきっかけとなって、再発見があることをちょっぴり楽しみにしています。

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図1 平安宮八省院回廊隅部に描かれた双頭双尾の鴟尾(『年中行事絵巻』よりトレース)

 

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図2 双頭双尾鴟尾の復原案
(上段:京都市上ノ庄田瓦窯出土鴟尾の復原案
下段:平城宮第一次大極殿院回廊隅の鴟尾検討案(国営飛鳥歴史公園事務所所蔵)

 

 (都城発掘調査部アソシエイトフェロー 中川二美)