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(112)平城京の運河

物資輸送や排水に活躍

 みなさんもよく目にする道路を行き交うトラック、線路を駆け抜ける貨物列車、そして海を越えてやってくる飛行機や船。これらは物資を運ぶのに欠かせない輸送手段で、私たちの生活を支えています。

 では、トラックや飛行機がなかった奈良時代、平城京ではどのように物資を運んだのでしょうか。

 もちろん人や馬、荷車での運送が一般的でした。でも陸路だけでなく、船を使った水運も平城京の重要な運搬手段でした。

 水運には川を利用しましたが、自然の川は物資を運ぶのに便利な場所を流れているとは限りません。そこで平城京のなかに、船が通れる水路を、人工的に掘り上げました。これが堀川(堀河)と呼ばれる運河です。

 平城京には、朱雀大路をはさんで東西に国営の市場がありました。この市場に物資や商品を運ぶために、東市を貫くように東堀河が掘られ、西市の脇には西堀河を通しました。これらの運河には、物資の運搬とともに京内の排水という重要な役割もありました。

 平城京の廃都後に、東堀河は地下に埋没してしまいましたが、西堀河は今も秋篠川として残っています。秋篠川が大和西大寺駅の東から薬師寺の先まで直線的に流れるのは、平城京の運河の名残なのです。

 

(112)平城京の運河「奈良市役所」(読売撮影).jpg

奈良市役所にある平城京模型にみえる西堀河

(奈良文化財研究所主任研究員 青木敬)

(読売新聞2015年7月26日掲載)