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(106)平城京へ遷った寺院は?

薬師寺瓜二つ 論争呼ぶ

 7世紀の飛鳥と藤原京には、数多くの寺院がありました。ところが710年に都が平城京に遷(うつ)ると、寺院の一部も新都に移転しました。よく知られているのが薬師寺、大官大寺、飛鳥寺の三つの寺院です。これらの寺院はいずれも四大寺といわれた格の高い寺院でした。四大寺の中では川原寺だけが飛鳥に残りましたが、それは斉明天皇ゆかりの寺院だったからでしょう。

 3寺院の移転先は、ほぼ藤原京の位置を引き継ぐように、大官大寺は左京六条・七条四坊に移って「大安寺」となり、薬師寺は右京六条二坊に建設されました。

 また飛鳥にあった飛鳥寺は、平城京の東部に張り出した外京に、「元興寺」として建設されました。

 平城京に移転したといっても、元の伽藍(がらん)は飛鳥・藤原の地に残りました。残った飛鳥寺や薬師寺は、平城京の伽藍と区別するために、「本」の字をつけて、本元興寺、本薬師寺と呼ばれています。しかし大官大寺は平城遷都の翌年に焼失し、伽藍は早くに失われてしまいました。

 ところで、大安寺と元興寺は、ともに以前の伽藍とは大きく規模や姿を変えて建設されましたが、薬師寺は藤原京の薬師寺と瓜(うり)二つに建設されました。このため、平城京薬師寺が藤原京薬師寺を移設したものかどうかという、有名な「薬師寺論争」が起こりました。

 現在、薬師寺では国宝建造物である東塔の解体修理がおこなわれています。この修理工事や基壇の発掘調査で、論争の解決につながる新たな事実が明らかになるといいですね。

 

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薬師寺の遠景

(奈良文化財研究所研究員 前川歩)

(読売新聞2015年6月7日掲載)

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