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(105)平城宮と百万塔

5年半こつこつ大事業

 天平宝字8年(764年)9月、ときの権力者、藤原仲麻呂が反乱をおこしました。この反乱をしずめた称徳天皇は、乱で亡くなった人々を悼み、また国家の安泰を願って、百万基もの木製の三重小塔を作らせました。これが百万塔です。完成後に奈良やその周辺の10のお寺に10万基ずつ安置されましたが、現在は法隆寺にしか残っていません。

 百万塔は、高さが21・5センチで、轆轤(ろくろ)を使って作られています。最上層の屋根の頂部をくり抜いた空洞に、陀羅尼経(だらにきょう)と呼ばれるお経を収め、上から相輪部を差し込んで栓をしています。

 小塔とはいえ、百万基も作るのは途方もない大事業。実は百万塔の生産工房は、平城宮の中にありました。平城宮の発掘で、作りかけの百万塔の失敗品や破片が見つかっているのです。

 百万塔は、作りはじめてから5年半、宝亀元年(770年)の4月に完成しました。法隆寺の百万塔の底には、作った工人の名前と製作年月日が墨で書かれています。確認できた工人名は250人ほど。5年半で百万基ですから、一人が1日に何基作ったことになるのでしょうか。ぜひ計算してみて下さい。

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平城宮跡から出土した百万塔の失敗品と木くず・小刀

(奈良文化財研究所研究員 芝康次郎)

(読売新聞2015年5月31日掲載)