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(102)大極殿 なぜ二つある?

政務と儀式 使い分け

 大和西大寺駅から近鉄奈良駅へ向かう電車に揺られていると、左手の遠方に第一次大極殿が見えてきます。この建物は、2010年の平城遷都1300年を記念して奈良時代の姿に復元された平城宮を代表する建物です。

 でも、「第一次」とはどういう意味でしょうか。「第二次」よりも前のものという想像はつきますが…。

 平城宮の大極殿は実は二つありました。ひとつは復元された第一次大極殿で、朱雀門真北の中央区の北側にあります。もう一つはその東、天皇の住まい(内裏)の南側にある第二次大極殿です。

 第一次大極殿は、恭仁京遷都時(740年)に恭仁宮に移築されました。恭仁宮、難波宮、紫香楽宮、へと移った都が、再び平城宮へ戻った時(745年)に、もとの第一次大極殿の東側に新設されたのが第二次大極殿です。

 東区にはもともと天皇が日常の政務をおこなう大安殿という建物があり、国家的な儀式をおこなう第一次大極殿と使い分けられていたようです。大安殿の大極殿への建て替えにより、二つの機能を統合した新しい形の大極殿が誕生したとみられています。

 現在、第二次大極殿は基壇が復元されています。電車の窓からは見えませんが、散策にはもってこいで、第一次大極殿とはまた違った想像をかきたててくれます。 

 

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復元されている第二次大極殿の基壇

(奈良文化財研究所研究員 川畑純)

(読売新聞2015年5月10日掲載)

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