下級役人憧れの円面
平城宮の役人たちの日常業務は、主に文書や帳簿づくりでした。彼らにとって、墨と硯(すずり)と筆は、なくてはならない大切な文房具でした。
今回は硯の種類を見てみましょう。
現在私たちは、四角い形の石の硯を使っていますが、奈良時代は須恵器製の丸い形の硯が一般的でした。これを「円面硯(えんめんけん)」と呼んでいますが、獣の足をかたどった脚や、透かし穴をあけた脚がつき、大きさも様々でした。これは、使う役人の位の上下によって、硯の種類やサイズが区別されていたと考えられています。
下級役人になると、こうした専用の硯は使えず、食器である須恵器の蓋や甕(かめ)の破片を硯に転用して使っていました。
平城宮の役所の跡を発掘すると、墨がついて真っ黒になった蓋や甕の破片が出土します。不要品の上手なリサイクルといえそうですが、下級役人たちにとって専用の円面硯は憧れの的だったことでしょう。
変わった形の硯では、羊・鳥・亀などをかたどった硯があります。羊の硯は丸まった角やあごひげが表現されており、鳥の硯には羽根の模様を描いた蓋もついていたようです。こんな可愛らしい硯を使っていたら、仕事も楽しくできるかもしれませんね。
平城京跡で出土した羊をかたどった硯
(奈良文化財研究所研究員 小田裕樹)
(読売新聞2015年4月12日掲載)