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古代瓦のコピーとエラー

2015年6月

 私の出身地の北海道では屋根に瓦はほとんど使われておらず、大学に入学して関西に移り住んだ当初、家の外観の違いに驚いたことを覚えています。以来15年近くが経ち、さすがの私も瓦屋根を見るだけでは驚かなくなってしまいましたが、まだまだ瓦葺きの建物が多くなかった奈良時代には、十代の私がそうしたように物珍しさから瓦屋根を見上げた人も多かったことでしょう。

 本瓦葺きの屋根では、軒先に文様のある瓦が並びます。軒丸瓦と軒平瓦です。軒丸瓦の文様は奈良時代には蓮の花をモチーフにした蓮華文が一般的で、笵型と呼ばれる木型に粘土を詰めたり型押ししたりして同じ文様の瓦を大量に作りました。同じ蓮華文でも文様は時期ごとに少しずつ、ときにはダイナミックに変化します。宮都や寺院の造営に合わせて新たなデザインを作り出したこともありました。以前とは違う新たなデザインの笵型が作られる時には画工や仏師がデザイナーとして腕を振るったと考えられています。でも、新たな笵型を作るのはどうやらそうした前衛的なデザイナーだけの仕事ではなかったようです。

 上の写真は6284型式E種という番号が与えられた笵型で作られた軒丸瓦です。左側が当初の姿で、何度も粘土を詰めて瓦を作っているうちに笵型の文様がぼやけてしまい、そのたびに笵型の文様を彫り直していった結果、文様が少しずつ変形して最後は右のようになってしまいました。そのため左右で少し文様が違うのです。彫り直しの過程で色々と変わってしまった部分がありますが、最初は二枚一組の隣り合う蓮の花びらは一枚一枚の間が離れていましたが、やがて右側の段階では黒矢印の部分一か所を除いてすべての隣り合う二枚一組の花びらの間が白矢印の部分のようにくっつけられてしまいました。下の写真は6282型式E種という上の写真とは別の笵型から作られた軒丸瓦です。この瓦、上の6284Eよりも後に作られたものですが、最初から二枚一組の隣り合う花びらの間が離れているのは黒矢印の部分一か所だけで、他のすべての部分では白矢印の部分のように隣り合う花びらの間がくっついています。どうしてこの一か所だけ他のところと同じようにくっつけなかったのでしょうか。

 下の6282Eの笵型は、上の6284Eの花びらが黒矢印の部分一か所を除いてくっついてしまった「なれの果て」の姿を真似て作ったのだと私は考えています。新たな笵型を作った人はまじめな人だったのでしょう。笵型の補修を重ねたことで偶然生まれた「一か所だけ花びらが離れる」という特徴を、忠実にコピーして新たな笵型を作ったのです。

 新たにデザインしたのではなく、これまでにあったものを忠実に真似ることで、当初のデザインからみれば間違いが生じたことになります。あるべき本来の姿を知っている人にすれば気になる間違いでしょうが、責めることはできなさそうです。研究の素材としては、笵型のモデルと移り変わりを考える手掛りとなるため大いに歓迎できます。そしてなによりも、手にとってよく観察すればわかる違いではありますが、実際に屋根に葺かれた姿を物珍しさから見上げたぐらいではまず気がつきませんから。

6282_6284.jpg

 写真1(上):6284型式E種            写真2(下):6282型式E種

 

 

補足図(改変済み).jpg

 補足図:6284型式E種の変化と6282型式E種


(写真は奈良国立文化財研究所 1995 『平城京左京二条二坊・三条二坊発掘調査報告』より作成)

 (都城発掘調査部研究員 川畑純)