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(84)落書き(中)―猿の絵

プロが土器に下描き?

 前回の「役人の顔」のラクガキに引き続き、今回は猿の絵のラクガキを紹介しましょう。

 このラクガキは、奈良時代の前半に栄華をきわめた長屋王の邸宅跡から出土したものです。土師器(はじき)の皿の外面に、文字や筆をならした墨線とともに、5匹の猿が描かれています。

 猿の絵は、手足を含めた全身像のほかに、顔だけを描いたものが4か所にあります。これらを注意深く観察すると、最初に目の部分だけを試し描きし、次に顔、最後に全身像と、段階的に描写を進めていったことが分かります。

 猿の生き生きとした表情や仕草(しぐさ)、流暢(りゅうちょう)な筆遣いから、この絵は素人のラクガキではなく、優れた絵師の手によるものと思われます。

 長屋王邸から出土した木簡の中には、画師や障子作画師と書かれたものがあり、専属の絵師が邸宅内で働いていたようです。その絵師が、本格的な作画作業に入る前に、土器に下描きをしたのでしょう。本番前の緊張感が伝わってきそうです。

 猿の絵としては最も古いものですが、平安時代の鳥獣戯画の猿にも大変よく似ています。現代のマンガやアニメの原点ともいえそうですね。

 

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土師器に落書きされた猿の絵

(奈良文化財研究所研究員 大澤正吾)

(読売新聞2014年12月14日掲載)