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(82)材木の輸送

水力、人力 巧みに利用

 古代の宮殿や寺院の造営には大量の材木が使われました。トラックもない時代に、大きくて重い材木をどのように都まで運んだのでしょうか。万葉集には、近江国(今の滋賀県)の田上山から伐(き)り出した檜(ひのき)材を筏(いかだ)に組み、宇治川から木津川を経由して藤原宮まで運んだ様子が歌われています。材木の運送には河川が広く利用されたのです。

 奈良時代、木津川からの水運を利用できる伊賀(三重県)・山城(京都府)・近江などに、材木伐り出し用の山林、「杣(そま)」が設けられました。杣から木津川へと運ばれた材木は、「泉木津」の河港で陸揚げされました。泉木津には、大寺が木材を管理・保管する「木屋」が置かれ、材木の購入も盛んでした。平城宮出土の木簡には「泉進□(上カ)材」(□は判読困難)や「買材木泉津」と書かれたものがあります。泉木津からは、材木を荷車に載せたり、綱で曳いて、平城京へと運びました。

 発掘調査で出土した柱の端には、運送時に縄がかりとして使われた「えつり穴」や溝が彫られたものがあります。水力や人力をうまく利用しながら重い材木を都まで運び、大規模な造営を進めていたのですね。  

 

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写真=平城宮跡出土の柱に残る「えつり穴」 

(奈良文化財研究所飛鳥資料館研究員 西田紀子)

(読売新聞2014年11月30日掲載)