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(63)鬼のいる鬼瓦、いない鬼瓦

時代ごとに増す迫力

p>  お寺や古い建物の屋根を見上げた時に、恐ろしい形相の鬼瓦と目が合ってどっきりしたことはないですか。突き出た角に見開いた目、大きな口から覗(のぞ)く鋭い牙、その表情は迫力満点で、いかにも災いから建物を守ってくれそうです。

 鬼瓦は明日香村の奥山久米寺や豊浦寺など、7世紀前半のお寺にすでにありますが、もともと鬼瓦に鬼はいませんでした。かわりに蓮華(れんげ)文など軒丸瓦と共通する文様が多くみられます。日本初の瓦葺(ぶ)き宮殿である藤原宮でも、鬼瓦は重弧(じゅうこ)文と呼ばれるシンプルな文様です。鬼がいないのに鬼瓦とは少し変ですが、建物の棟の端を飾る板状の瓦をすべて鬼瓦と呼んでいます。

 鬼瓦に鬼が登場するのは8世紀初めの平城宮第一次大極殿からで、裸の鬼の全身像が描かれた独特の文様です。そして8世紀半ばまでには、現在のような顔面のみの鬼瓦が出現しました。ただし奈良時代の鬼瓦は、木型による型作りのため、凹凸が少なくのっぺりした顔をしています。鎌倉時代以降、粘土を盛って造形した鬼瓦が主流となり、私たちがイメージする立体感のある鬼瓦に近いものとなりました。

 ちなみに平城宮でもごく少数ですが、鬼のかわりに鳳凰(ほうおう)や唐草文などで飾られた鬼瓦が出土しています。鬼瓦に守られた平城宮の建物も、少しくらいは鬼のいぬ間のひとときが必要だったかもしれませんね。

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鬼のいない鬼瓦。(左上から時計回りに)豊浦寺関連の平吉遺跡、奥山久米寺、藤原宮跡、山田寺跡

(奈良文化財研究所研究員 石田由紀子)

(読売新聞2014年7月13日掲載)