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(62)古代の大学

貴族の子 役人養成所

 次のうち、平城京の時代にもあった学校は、どれでしょうか。〈1〉小学校〈2〉中学校〈3〉高校〈4〉大学―。

 答えは〈4〉の大学です。平城京には、貴族の子どもたちを役人に養成するための「大学」とよばれる機関がありました。当時の法律では、13~16歳で入学して、9年以内に卒業すると定められており、卒業して国家試験に合格すれば、晴れて役人になることができました。まるで今の中学から大学までの一貫教育校ですね。

 授業は孔子の教えを学ぶ儒教が中心で、他に、算術や法律、漢詩文を学ぶ学科もありました。

 学生は、貴族のほかに、文章を書くことを専門とする家系の子の入学が優先されましたが、希望すれば下級役人の子も入学することができました。

 しかし、奈良時代初めの頃は、大学に貴族の子があまり集まらず、集まった学生も家が貧しいために学問を十分に修めることができなかったと記録にあります。このため、学生を経済的に支援する奨学制度などが整備され、ようやく大学教育は軌道にのったようです。やがて、漢詩文を学ぶ文章科が人気を集めるようになったこともあり、平安時代の初めになると大学は大きく発展しました。

 平城京の時代は、大学そのものが、立派な役人養成機関として育っていく時代だったのです。

 

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平城宮朱雀門の近くで見つかった、大学の可能性がある遺構(奈良市で)

(奈良文化財研究所研究員 桑田訓也)

(読売新聞2014年7月6日掲載)