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(56)庭園に思い描くパラダイス

 世界的によく知られる「日本庭園」。その起源は古代にさかのぼります。平城宮や平城京の跡からは、自然風の形をした池をもつ奈良時代の庭園の跡が数多く発掘されています。庭園の中心となる池は、大海に見立てられ、岬や入り江が連なり、石組みや島をもつものもありました。小石が敷き詰められた緩やかな斜面の池辺が造られるようになったことも特徴です。庭園の景色を観賞するための建物も建設されました。発掘された後、当時の姿に復元された平城宮の東院庭園と平城京左京三条二坊の宮跡庭園(奈良市)はよく知られています。

 古代の庭園造りは唐からもたらされました。中国では、紀元前の漢の時代には、不老不死の仙人が住むという理想郷を表現した皇帝の庭園が造られていました。やがて庭園造りは、新羅や百済、そして日本へと伝わり、7世紀の飛鳥時代には庭園が造られるようになります。近年発掘が進められている飛鳥京跡苑池(えんち)(明日香村)が代表例です。

 奈良時代になると、宮殿や貴族の邸宅に庭園が造られ、池や花などの美しい景色を愛(め)でながら、和歌や漢詩を詠む文化が発達しました。日本文化を代表する「日本庭園」の礎は奈良時代に形作られたのです。

 

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特別名勝の平城宮東院庭園(奈良市で)

(奈良文化財研究所主任研究員 中島義晴)

(読売新聞2014年5月25日掲載)