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(54)平城京のメインストリート

朱雀大路 威信の劇場

 近鉄電車で大和西大寺駅から近鉄奈良駅方面へ向かうと、左手やや遠方に平城宮の正殿である第一次大極殿、右手に平城宮の正門である朱雀門の復元建物を見ることができます。この二つの建物は、南北に一直線に並びますが、奈良時代には朱雀門からさらに南に真っすぐ延びる朱雀大路というメインストリートがありました。

 路肩には槐(えんじゅ)や柳などの街路樹が並び、平城京の正面玄関にあたる羅城門まで約3・7キロ、路面の幅はなんと約70メートルもありました。なぜこんなに広いのでしょう。それは、朱雀大路が、多くの人々や物資が往来するために使われたという理由もありますが、元日や外国から使者が来たときに大勢の人々がパレードしたことからも分かるように、平城京をより壮大に見せるための政治的な演出にも使われたからです。

 朱雀大路の終点、朱雀門の前は、広大な広場になっていました。この広場では、大祓(おおはらえ)などの様々な行事が催されました。天平6年(734年)2月には、240名あまりの人々が歌をかけ合う「歌垣(うたがき)」と呼ばれる大イベントが開催され、これを聖武天皇が鑑賞したと記録にあります。このように、朱雀大路は今の道路とは少し性格が異なり、国家の威信を示す劇場のような役割を果たしたことがわかります。

 

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復元整備された朱雀大路跡。奥は朱雀門(奈良市で)

(奈良文化財研究所研究員 芝康次郎)◇写真・読売新聞社ご提供

(読売新聞2014年5月11日掲載)