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(41)古代のものさし

1000年続くデザイン

 「25メートル平泳ぎ」「18センチのクツ」。身の回りの長さは、単位が決められていることで、誰もがどれくらいかを理解することができます。

 日本で初めて長さを共通の単位で定めようとしたのは藤原京の時代で、尺・寸(尺の10分の1)を用いました。尺や寸は1958年に公的な単位としての使用が禁止されましたが、伝統的な職人の世界などでは今でも使われています。また、楽器の尺八、服の寸法など、言葉の中にも生きています。

 701年、大宝令で定めた長さは小尺と呼ばれ、唐の国から持ち込まれたものでした。これとは別に、大尺という土地の測量に用いた単位も定められました。これは小尺の1・2倍で、高麗(こま)尺とも呼ばれました。翌年には標準となる定規が全国に配られました。

 藤原京や平城京からは、当時のものさしが出土しています。その中で最も精巧なのが写真の平城宮から出土したものです。これによって、小尺の長さは29・6センチ前後だったと分かります。

 1寸ごとに大きく区切り、その2分の1でさらに区切り、最も細かい目盛りは1寸の10分の1(1分)です。そして5寸のところには小さな円を描いて分かりやすくしています。これは寸とセンチの違いがありますが、今も文房具屋さんで売られている30センチの竹のものさしと同じです。千年以上続くそのデザインに驚かされます。

 もともと中国では、尺は手を開いた親指と中指までの長さ、寸は親指の幅でした。それが徐々に延びて日本に伝わり、昭和に廃止される頃に尺は30・3センチになりました。皆さんご存じ昔話の一寸法師、打ち出の小槌(こづち)が無くても少しずつ背が伸びていたのでした。

 

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平城宮跡から出土した古代のものさし

(奈良文化財研究所主任研究員 黒坂貴裕)

(読売新聞2014年2月2日掲載)