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遺跡保存と土と水

2014年6月

 ここ数年、夏になると熱中症のニュースをしばしば耳にするようになりました。郊外にくらべて都市部の気温が高温になる、いわゆるヒートアイランド現象がその一因であることはご存知の方も多いことと思います。地表をアスファルトなどの人工の被覆物で覆うことで、地表に占める土の割合が都市部を中心に減少したことが、要因の一つとして挙げられます。

 地表に露出している土には、雨などによって供給される水が適度に含まれています。このような湿った土は、夏の厳しい日照りの時もアスファルトやコンクリートなどとくらべて、温度の上昇が緩やかです。日射として供給された熱の一部は、土の中の水分が蒸発する時に消費されるため、温度の上昇を押さえるのです。打ち水は、涼気を得る方法として古くからおこなわれていますが、まさにこの現象を利用したものです。冬は土の深部で蓄えられた熱がゆっくりと放出されるため、外気の温度とくらべて土内部の温度は高くなります。つまり、外気の温度が季節によって大きく変化する一方で、土の内部では温度が安定しており、それには水分を含んだ土が大きく関係しているのです。

 さて、私の仕事の1つに装飾古墳の保存があります。石室内部の装飾は、顔料をもちいて彩色したものや、レリーフ状のものなど様々ですが、それらの保存において共通することは、石室内の温度・湿度の変動と、石表面での結露の発生を抑えることが肝要ということです。そして、そのような環境を作りだすためには、石室を覆う土の状態が、やはりとても重要となります。

 装飾古墳の立地、周辺の環境は様々ですが、現在、調査中の装飾古墳の1つに、丘陵の頂部付近に位置するものがあります。近くを走る市道から、軽い登山をするとようやく到着するこの古墳は、墳丘の表面を多数の樹木、竹が覆っていて、周囲をフェンスで囲まれていることを除けば、まさに自然状態の林の中にあります。  全国には保存を目的とした保護施設をともなう古墳が多数あり、それらに比べるとこの装飾古墳は“ほったらかし”という印象を否めません。ところが、内部の温度変化は比較的緩慢で、雨漏りが無いことはもちろん、結露も顕著ではなく、石室の装飾の保存に好ましい環境となっています。この古墳を対象とした環境調査はまだまだ始まったばかりですが、墳丘を被覆する樹木などが日射を適度に遮蔽しつつ、雨水を適度に墳丘の土に供給していることなどがわかってきました。
 装飾古墳の保存に好ましい環境を維持するために、あらたなエネルギーを消費するのではなく、自然の中で供給され、放出されていく熱や水分の収支を適度にコントロールすることで古墳の保存を図る、まさに持続可能な保存方法のヒントがあるように思います。
 この古墳の保存、一見するといい加減かも知れませんが、まさに良い加減なのです。

グラフ_脇谷.JPG

墳丘の被覆状況が異なる3基の装飾古墳の石室内気温と外気温の比較
 

(古墳A:石室が露出しており、外気が石室内へ容易に侵入できる状態の古墳、古墳B:墳丘土が乾燥してしまった古墳、古墳C:墳丘表面を樹木に覆われ、墳丘土が水分を適度に含んでいる古墳。)
古墳Cでは温湿度計の故障のため測定が短いが、石室内の気温が冬は最も高く、反対に夏の温度上昇が最も緩やかである。墳丘土が適度に水分を保持しており、表面を適度に植生が覆っている状態では、石室内の環境が安定することがわかる。


      (埋蔵文化財センター 研究員 脇谷草一郎)

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