2014年5月
「奈良といえば鹿」と言われるように、奈良は鹿のデザインであふれています。その代表は、平城遷都1300年祭や奈良県のマスコットキャラクターである「せんとくん」でしょう。せんとくんには立派な鹿の角が生えていますね。
奈良の町を歩いていると、鹿以外にも見かける動物がいます。それはラクダです。奈良中央郵便局の前にあるポスト。その上には鹿とラクダが仲良く載っています。ショッピングモールのならファミリー。大きなラクダのモニュメントがあり、買い物のポイントは「らくだカード」に貯まります。1988年に開催された『なら・シルクロード博覧会』。マスコットキャラクターは、鹿の「ナナちゃん」とラクダの「ララちゃん」でした。奈良にはシルクロードの終着点といわれる正倉院があるため、シルクロードの象徴としてラクダが登場しているのです。
実際に、飛鳥時代にはラクダが奈良へ来ていました。高句麗、百済、新羅といった朝鮮三国すべての国から、計4回ラクダが日本へ持ち込まれたという記録が『日本書紀』に残されているのです。
599年(推古7) 百済が、駱駝(ラクダ)、驢(ロバ)、羊(ヒツジ)、白雉(シロキジ)を献上した。
618年(推古26) 高句麗が、駱駝(ラクダ)を献上した。
657年(斉明3) 百済より、西海使が駱駝(ラクダ)、驢馬(ロバ)を持ち帰った。
679年(天武8) 新羅が、馬(ウマ)、狗(イヌ)、騾(ラバ)、駱駝(ラクダ)などを献上した。
しかし、朝鮮半島にラクダは生息していません。そのため、ラクダを贈るということは、贈る側からみると、日本に対して広域な交易圏を誇示する意味があったと考えられています。贈られた側からみると、日本に生息しない珍しい動物を贈られたという権威づけにもなったでしょう。
奈良でラクダの歯が出土したという記録もあります。1933年(昭和8)の夏、耳成村(現在の橿原市)にある新賀池で排水が行われました。その際、池底の泥炭層から、須恵器や木製品、植物の種実が出土し、動物の骨や歯も見つかりました。その中にラクダの臼歯があったそうです。現在、この「ラクダの臼歯」がどこに保管されているのか、残念ながら不明です。ただし今後、ラクダの骨や歯が、奈良の遺跡から出土することがあるかもしれません。
古代以降、日本にラクダが来るのは、それから約1,000年後の江戸時代になってからです。見世物として全国をまわったラクダは、江戸時代の人々を熱狂させました。浮世絵や狂歌にラクダが登場し、落語の「らくだ」も生まれました。古代の人々がラクダを見た時の様子は記録がなく、残念ながらわかりません。生まれて初めてラクダを見たときの驚きは、どれほどのものだったでしょうか。
「奈良といえば鹿」だけではありません。奈良の町でラクダのキャラクターを見かけたら、古代に奈良へやってきたラクダやラクダを見た古代の人々の驚きを想像してみてはいかがでしょうか。
鹿の「ナナちゃん」とラクダの「ララちゃん」
(『なら・シルクロード博 公式ガイドブック』より)
(埋蔵文化財センター研究員 山崎 健)