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Book Review(5th) 中沢新一『アースダイバー』

 

 1983年の『チベットのモーツァルト』で宗教人類学者として鮮烈なデビューを飾った中沢新一氏であるが、氏の近年の関心はもっぱら縄文や古代といった過去に向けられているようである。そのなかでも本書は、もともと週刊誌に連載されていた記事をまとめたものなので、比較的気軽に手に取ることのできる読み物である。

 本書の特色は、一枚の地図を手がかりに、現代の東京の風景から、縄文にいたる過去の歴史を読み解くというものである。その地図は「アースダイビング・マップ」と呼ばれるもので、東京の地図を洪積層と沖積層に塗りわけ、その上に遺跡・神社・お寺の分布を記したものである。そしてこの地図を手がかりに、現在の東京の風景が、どのように過去の地形や遺跡と関連付けられているかを示す。その上で筆者独特の文学的センスと想像力を交えつつ、現在と過去のふしぎな因縁についてストーリーが語られるという構成である。

 例えば、東京タワーが立つ芝周辺の地形は、「アースダイビング・マップ」によると沖積層が広がる低地に向かって半島状に洪積層の台地が突き出しており、その台地上に東京タワーが建てられていることがわかる。古代には沖積層は海であったと考えられることから、東京タワーが立つ地はまさにかつては海原に突き出す岬であったと想定される。さらに岬の先端には、縄文時代の丸山貝塚や、古墳時代にこの地を治めた首長の奥津城である前方後円墳・芝丸山古墳が営まれ、今でも都会のなかにその姿をとどめている。中沢氏によると、半島や岬のような突出した地形には、縄文時代以来、死者の埋葬にかかわる重要な聖地が設けられてきた。そして時代が下った現代に、巨大な電波塔である東京タワーが建設されたことは決して偶然ではないという。よく知られるように、東京タワーは朝鮮戦争でスクラップになった米軍戦車をつぶして作られたものである。また映画『モスラ』では、巨大な蛾の幼虫が東京タワーに繭を作り、そのなかから美しい羽根を持つ巨大な蛾となって天へ飛び立った。こうしたことは、まさに「死」と「復活」を象徴している。このように東京タワーには「死」と「再生」のイメージがつきまとい、それはその建てられた土地に由来するのであると中沢氏は論じる。

 土地の履歴が現在の景観を規定する、という考え方は「地霊(ゲニウス・ロキ)」という概念として示されてきた。これは建築やランドスケープの設計においては「土地柄」や「土地の雰囲気」を意味し、設計はそれらに対応してなされるべきであるという考え方である。建築家の鈴木博之氏はその著書『東京の地霊』(筑摩書房、2009年〔初版1990年〕)のなかで、現代の東京の景観が過去の歴史に規定されていることを具体的に示しているが、その言及はせいぜい江戸時代・明治時代までにとどまっており、先史時代にまでは及んでいない

 むしろ本書と近いアプローチをとるのは、NHKで放映されている『ブラタモリ』という番組であろう。この番組でもやはり古地図を手がかりに、現代の街中に残る昔の川や運河の痕跡を探したり、あるいは地形の微妙な高低差を手がかりに、かつて海が入り込んでいた地形を復元しながら、現代の東京の風景を楽しむといった内容である。

 しかし中沢氏がとりわけこだわるのは、やはり「縄文」的なものへの回帰である。東京の中心に皇居の森があり、そこに森に住まう天皇がおられるのを見て、そこに縄文的な文明を見ようとする。あるいは縄文を「湿った文化」、弥生を「乾いた文化」と対比し、「湿った」文化に肉体的なもの、エロチックなものを見て、その復権を主張する。こうした主張は音楽家の坂本龍一氏との共著『縄文聖地巡礼』(木楽社、2010年)でさらに追求されている。しかし揚げ足を取るようで恐縮だが、「縄文=湿ったもの」「弥生=乾いたもの」という図式は、実際の考古学的証拠とは相容れない。むしろ集落の立地を見ると、縄文時代には高台に営まれるのが一般なのに対し、弥生時代になると低湿地への進出がみとめられるからである。

 さて本書の内容を「文化的景観」という概念にいかに活用できるか、ということを考えたとき、やはり「過去」と「現代」の連続性が景観を規定する、という点においてつながりが見出せる。文化的景観とは建築学・造園学・環境学・歴史学・地理学・考古学・民俗学といった様々な分野を横断する学際的な概念であるが、残念ながら文化的景観をめぐる議論において考古学の存在感は必ずしも高くなく、歴史考古学の一部で多少の関与があったに過ぎない。これは、これまで考古学が「現代から断絶した過去を対象とした学問」として扱われてきたことに由来するのではないかと、私は思っている。しかし本書によると、現代の景観はまさに縄文時代にまで遡る過去によって規定されているということになる。つまり、縄文時代の貝塚や古墳時代の前方後円墳も、文化的景観を構成する要素として扱う対象となるのである。

 ただし課題としては、こうした考古学の遺跡を文化的景観の中に読み込むには、そのためのストーリーを用意しなくてはならない、ということがあるだろう。中沢氏のように軽やかに思想を飛躍させることができればよいが、多くのまじめな考古学者は、古代の横穴墓と渋谷のラブホテル街を関連させるストーリーを描くのに躊躇するだろう。しかし、そこに決められたひとつのストーリーを当てはめるのではなく、あえてそこをオープンにしておくという選択肢もありえるかもしれない。たとえば博物館でその地域の「アースダイビング・マップ」を配布し、市民や来館者がそれを手に自由に地域を歩きまわり、それぞれに自由な解釈をして楽しむ、というあり方もあってよいかもしれない。あるいは『ブラタモリ』のように、博物館の学芸員のガイドによる「アースダイビング・ツアー」を催行する、というのもひとつのアイデアである。それはまさに地域まるごと博物館、という「エコ・ミュージアム」の思想にも通じるだろう。

 本書が用意した「アースダイビング・マップ」は東京のみである。しかし中沢氏は2010年に週刊誌で「大阪アースダイバー」の連載を再開し、さきほど完結したようなので、本書の「大阪版」が出る日も近いだろう。そして同じような試みは、それこそ全国各地で可能である。すなわち「アースダイビング」とは一種のオープン・ソースのゲームであるといえる。こうした「アースダイビング」の手法は、文化的景観の普及・活用においても有力なツールになるのではないかと私は考えている。
(石村 智)

 

アースダイバー

著者:中沢新一
書名:アースダイバー
出版社:講談社
出版年:2005.5

□目次
プロローグ 裏庭の遺跡へ
第1章 ウォーミングアップ 東京俯瞰
第2章 湿った土地と乾いた土地 新宿~四谷
第3章 死と森 渋谷~明治神宮
第4章 タナトスの塔 東京タワー 異文/東京
タワー
第5章 湯と水 麻布~赤坂
第6章 間奏曲 坂と崖下 トーキョーダイビング
(フォト・ギャラリー)
第7章 大学・ファッション・墓地 三田、早稲田、
青山
第8章 職人の浮島 銀座~新橋
第9章 モダニズムから超モダニズムへ
浅草~上野~秋葉原
第10章 東京低地の神話学 下町
第11章 森番の天皇 皇居
エピローグ 見えない東京

 

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