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Book Review(4th) 樋口忠彦 『日本の景観 ふるさとの原型』

 

 本書では、景観を考える上で「美しい」や「心地よい」などの抽象的な概念に対して、その理由を明らかにするために景観の物理的な要素に対して考察をおこなう。そして、漠然と人々が感じる抽象的概念の背景にある本質を継承することにより、現代社会でめまぐるしく変化する都市景観に対して、好ましい未来像の提案を試みている。表面的に目に入るものだけではなく、景観の背景にある生業や社会的な仕組みにも目をむける文化的景観の概念と、約30年前に書かれた景観工学の草創期の書である本書はどのような接点があるのだろうか。

 本書では、まず日本人が好む景観像を探るために、自然や風景に対してどのような意識をもっていたかに着眼する。著者によると、日本人が好む景観とは「甘えの景観」であり、母性的とも言い換えられ、何をしても許容される景観と読み取れる。しかし、現在では自然の回復能力を超える破壊がおこなわれ、甘えの景観が危機に瀕した今、感覚的に景観をとらえるだけではなく、現実を見据えるために景観の重要な位置を占める地形の構造を明らかにする必用があると述べる。

 そこで、日本人が好んできた盆地の景観に対し、形状や規模、宗教性の有無から4分類にしている。また、生物学的な視点から、生物が「生息可能である」という理由から好まれてきたと考えられる「山の辺の景観」を重要な景観と捉え、大きく3分類する。そして、現代都市においては不足している日本人が好む景観を補う代償景観が必要であると結論付ける。

 最後に「美しい景観」について考察を重ねる。本章によると、「生きられる景観」とは生物学的な棲息地と同一視される。さらに、棲息地であるということは、それが心地よい空間であり、それが美しい景観とみなせると述べている。これを単純化すると、「生きられる景観」=「美しい景観」とみなすことができるだろう。そして、これまでの考察から、現代都市を「生きられる空間(美しい景観)」とするための代償景観として、緑化デザイン、壁面緑化、広場などのオープンスペース、眺望性や休息地を都市に加えることが提案される。

 本書は、人々が理想と考える「心の中の風景」のみを美化し、現実の変化しつつある風景を軽んじる現状に対して警鐘を鳴らし、今起きている風景の変化に対してどのように取り組むべきかという姿勢、そして抽象的な概念に対して物理的な面から挑んだ姿勢が評価に値するといえる。しかし、筆者自身の「心の中の景観」に対する客観性、分類した景観と現代景観との対比手法、代償景観のあり方に関しては検討の余地が残されると思われる。だが、筆者が巻末で述べているように、本書は現実的に変化していく風景に対応していくかのスタートラインに立つものであり、約30年前に書かれていた当時として先進的な研究であり興味深いといえるだろう。

 本書を文化的景観の視点からみると、著者の指摘においては「生きられる景観」と「美しい景観」は同一のものであるが、文化的景観においては、美しさとは一義的なものではなく、必ずしも「生きられる景観」が「美しい景観」となるわけではない。その点においては、本書と文化的景観との間において美しさに対する評価において明確な違いがあろうと思われる。

 文化的景観の概念においては、景観を支える生業が今後とも存続可能になるシステムを守っていかなければならない。本書が、人々が長年にわたって生業を営み生活してきた当たり前の風景に目を向ける点においては文化的景観と近い視点を持つといえ、著者が指摘する「生きられる景観」と文化的景観が本質的に守るべきとした範囲は非常に近いと思われる。また、本書で地形に対しておこなった物理的な解析手法も対象とする景観の構造を探る一般的手法となりうる可能性は十分に秘めているといえるだろう。

 著者の言葉を借りると、風景は必ず時代とともに変化し、その変化は人間の手によって良くも悪くも制御することが可能である。これは、これまで見逃されてきた当たり前の風景を維持し、後世に伝えようとする私達が念頭に置いておかなければならいことではないだろうか。
(成田 聖)

 

日本の景観 ふるさとの原型

著者 : 樋口忠彦
書名 : 日本の景観 ふるさとの原型
出版社 : 筑摩書房
出版年 : 1993.1

□目次

序章 風景の成長と代償風景の創造

第1章 日本人の自然観と風景観

第2章 日本の景観
1 盆地の景観
2 谷の景観
3 山の辺の景観
4 平地の景観
5 日本の景観の原型

第3章 生きられる景観
1 美しい景観と生きられる景観
2 自然の景観と生きられる景観
3 都市の自然と生きられる景観
4 都市の景観と生きられる景観
5 最後に

 

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