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Book Review(2nd) M.G.Turner, R.H.Gardner, R.V.O'Neill『景観生態学 生態学からの新しい景観理論とその応用』

 

 監訳者の中越信和氏をはじめ、自然科学分野から文化的景観に関わるひとの多くは「 門にしている。なぜ植物学や動物学、また自然界での相互の関係を扱う生態学ではないのだろうか。そもそも景観生態学とは何なのだろうか。文化的景観と景観生態学、そこには「景観」という言葉の共通点以上の何らかの関係があるのかもしれない。本書は、景観生態学を牽引する3名の生態学者が、生態学的アプローチに焦点を当てながら景観生態学の基本から応用までを体系的にまとめたものであり、この疑問を解くためのカギを示唆する一冊である。

 本書によると、景観生態学とは、実際の空間における生態的な特性を階層的に解明する学問で、その研究は1980年代以降急速に発展しているという。この背景には、広域にわたる環境や土地管理の必要性、空間データ基盤の整備、さらにGISなど解析ソフトの普及といったことが挙げられるようだ。 11章で構成されている本文のうち、最初の3章では、景観生態学の概念や歴史の紹介、全章に関わるスケールやモデリング概念の説明が行われている。続く第4章では景観にパターンが生じる原因について、さらに第 5~9章でその解析方法やモデリング手法などが紹介される。そして第10章で景観生態学の実社会への応用方法について取り上げ、最後に第11章で結論とこの分野の将来の方向性が提案されている。

 生態学は、生物が環境に与える影響、また環境が生物に与える影響、その相互関係を扱う学問であるため、そこに時間軸が取り入れられることは多くない。一方、景観の経年変化は歴史地理学で扱われているが、そこには景観変化の将来予測や地域計画への応用といった視点はみられない。本書からは、景観生態学の特徴として、「通常の生態学が対象とするよりはるかに広い範囲に着目」(p.18)し、「何が景観パターンやその時間的変化を引き起こしているか」(p.104)を捉える点と捉えられる。さらに、景観にパターンが生じる要因として、気候、地形、地質、水系などの「非生物的要因」、植生や生き物といった「生物的相互作用」、火災、噴火、洪水といった「撹乱と遷移」のほかに、農業や林業、建築といった「人為的土地利用」も重要な役割を果たしているとしている。つまり、生態学に「景観」という切り口を取り入れることで、景観生態学は①人間を主体とし、②より広域で捉え、③時間軸をもった生態学というものをより意識的に打ち出している学問のように思える。こうした視点の導入により、人間の生活圏も含んだ広い空間のあらすじを捉えて生態的に区分することを可能にし、土地評価や持続的な地域計画への応用にもつなげている。その考え方はまさに文化的景観の概念とつながっている。

 これまで、土地や空間を分析する学問には、地質学や植物学、生態学から、地理学、都市工学、建築学、造園学、土木工学などといったさまざまな分野があり、それぞれが膨大な成果を上げてきた。もちろん、その実績は十分評価されるものであるが、その一方で、個別の枠の中で細分化されて把握されることが多く、その場所の本質を大掴みに捉える視点が見えにくくなっているのではないだろうか。「景観」という視点を導入することで、それぞれの分野に新しい切り口が見出される可能性は高いだろう。
(惠谷 浩子)

 

景観生態学 生態学からの新しい景観理論とその応用

著者 : M.G.Turner, R.H.Gardner,
R.V.O'Neill
監修者 : 中越信和,原慶太郎
訳者 : 名取睦,名取洋司, 長島啓子,村上拓彦
書名 : 景観生態学 生態学からの新しい景観理論とその応用
出版社 : 文一総合出版
出版年 : 2004

□目次
第1章 景観生態学への招待
第2章 スケール:重要な概念
第3章 景観生態学におけるモデル
第4章 景観パターンが生じる原因
第5章 景観パターンの定量化
第6章 中立景観モデル
第7章 景観攪乱動態
第8章 生物と景観パターン
第9章 景観における生態系プロセス
第10章 応用景観生態学
第11章 結論と今後の方向性

 

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