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埋もれゆく近代の庭園

2013年9月  
 
 奈良時代、平城宮の東院に営まれた庭園や平城京左京三条二坊六坪の庭園、そして、阿弥陀浄土院の庭園などに、明らかなる端緒を示した日本の庭園文化は、平安時代において、現在の京都に確固たる基盤を成し、やがて、中世、近世を通じて日本全国に展開し、世界の中でも独特な「日本庭園」を育んできました。 

 それは、ある空間的な広がりを備えて、土と石、水や植物などの天然素材と、建物などの人工構造物との組合せによって全体を整え、暮らしの中に麗しい風致景観を表現する文化です。そして、その存在は、人々の営みとともに成り立つものです。しかし、暮らしの営みの中にあるものは、暮らしが変われば失われやすく、特に、屋外にあって天然の素材を多分に用い、日々の「手入れ」が欠かせない日本の庭園は、春夏秋冬、朝昼晩に絶えず遷りゆく植物の繁茂や土砂の堆積など、ごく普通の自然の営みによって、容易にその姿が見失われます。近世・近代を通じて地上に受け継がれてきたもの以外は、その後の国土開発の中で失われ、あるいは、考古学的遺跡として発見されるまで地下に眠り続けています。 

 いっぽうで、そうした庭園文化は、近代日本の社会発展の中で、欧米文化の影響を受けながら、全国各地でさまざまに財を成した資産家によって邸宅や別荘に組み込まれ、前時代とは比べものにならないほど数多くの庭園が造営されました。日本における庭園の近代は、さまざまな地域の風土や歴史、社会、あるいは近代に発達した種々の産業との結び付きの中で、日本の庭園史上においても極めて多様性に富んだ時代と言えます。ところが、これらは、いまなお、財産として個人の系譜に属するものが多く、社会変遷の大きなうねりの中に埋もれて、その内容や価値、あるいは存在すらも知られぬまま失われるものも少なくありません。 

 平成24年に公表された文化庁による全国調査の成果から、近代における日本の庭園には、その歴史的価値を検証すべき事例が少なくとも1,000件余りあることが窺われます。先般設立から50年を迎えた文化財指定庭園保護協議会や、文化財保護法に基づく選定保存技術「文化財庭園保存技術」の保存団体である文化財庭園保存技術者協議会などでも、近代以前の歴史的庭園とともに、いま目の前で失われんとする近代の庭園が注目されています。 

 これから、10年、20年、50年、100年と、文化遺産の保護の取組が発展していくとすれば、いま、ここに失われようとしているものを見過ごさぬよう、私たちはさらに広い視野をもって取り組んで行くことが大切と思います。 


埋もれつつあった諸戸徳成邸(三重県桑名市)の茶庭の流れ

 

文化財庭園保存技術者協議会の技術者によって
かつての息吹の一部を取り戻した同庭園の流れ

 
(文化遺産部 景観研究室長 平澤 毅)

 

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