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くれなゐはうつろふものそ

 

2011年2月
 

『万葉集』巻一八・4109番に

 
という歌が、掲載されています。 

これは、大伴家持が、天平感宝元年(749)5月15日につくりました。 

 意味は、東野治之さんらの解説によると、「紅は 色あせるもの 橡(つるばみ)染めでも 着なれた衣に やはり及ぼうか」です。そしてこの歌の眼目は、紅と橡の染色の色合いと色持ちの違いです。 

 紅は、紅花の花びらに含まれる赤い色素で染めます。もとはエチオピアやイラクあたりが原産地だったようです。日本列島には、奈良県纒向遺跡で邪馬台国時代あたりの土層から花粉がみつかっていますので、その頃にはすでに到来していたのでしょう。写真をご覧下さい。左側が紅で、濃く淡く染めた布です。古来の製法をまもっている京都の「染司(そめつかさ)よしおか」の五代目当主、吉岡幸雄さんが染めてくださったものです。 

 右側はクヌギやトチといった橡で私が染めました。これに鉄媒染(てつばいせん)をすると黒くなります。奄美大島の泥染めは、この鉄媒染法の一つです。染色と媒染を繰り返すことによって深い黒色になっていきます。こちらの材料はどちらも、昔から日本列島にあるわけですから、その歴史は非常に長かったことでしょう。 

 とすると家持が自覚していたかどうかはわかりませんが、紅はいわば新来舶来の染色、橡染めは古来在来の染色だったといえそうです。そして、紅は退色しやすいのに対して、橡染めは色持ちが良く、含有成分のタンニンのおかげで防虫効果がありますので糸・布を長持ちさせます。 

 この歌は、紅で佐夫流(さぶる)という遊女を、橡染めで都の奥さんをたとえながら、家持が部下の尾張少咋(をはりのをくひ)を説教しているのです。どうして説教することになったかその詳細は巻一八に譲るとしても、説教にまでこんな美しい色彩を使うとは、万葉集には何と優雅で豊かな知的世界が広がっていることでしょうか。
(都城発掘調査部長 深澤 芳樹)
※肩書きは執筆当時のものです。

 

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