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「我念君、君念我」の組み合わせ墨書文字

2008年1月
 
 この珍しい組み合わせ墨書文字は、平城宮内裏北方の官衙にあった塵捨て穴から出土した土師器の小型の杯に記されていた。杯の底部外面中央に2行にわたって「採る莫れ、鸚鵡鳥杯」と、その脇に逆方向からそれとは別筆の二つの組み合わせ文字、「我念君」・「道為金」が記されている。もともとオオムの餌入に使われていた杯が用を終えた後に、組み合わせ文字が追記されたようだ(図参照)。   

 組み合わせ文字「我念君」は、文字遊びの一種とみられ、相思相愛の意を表し、「我君を思い、君我を思う」と解釈可能である。この役所には、遊び心のある洒落た役人がいたものだと感心したいところだが、この組み合わせ文字は、近世には反語の意義で夫婦離別の祭文に使われていたことが、藤沢一夫先生によって明らかにされている。このような組み合わせ文字は、その後全く発見されていない。古代にも呪いの意味を持っていたのか。また、この役所の役人の独自な創意なのか。それとも漢字文化の原点である中国に起源を有するのか。ずっと気に懸かり、門外漢ではあるが漢詩や道教の符録など色々調べているうちに、中国湖南省の唐代の長沙窯では、詩文や替え詩、諺、俗語等を焼物に焼付けて文様の代わりしている事を知り、丹念に調べてみた。そうすると、詩文や替え詩、諺、警句の他に、文字遊びと見られる組み合わせ文字の存在を確認することができ、更に期待が深まった。しばらく後、北京に出張した時、新しく手に入れた長沙窯に関する書籍に、瓜二つの「我念君」の組み合わせ文字を発見した。残念ながら、写真の複製、転載が禁じられ、ここでは紹介できない。書名を紹介するので興味ある方はご覧願いたい(李效偉『長沙窯 大唐文化輝煌の焦点』湖南美術出版社 2003 頁25-図44)。その資料は酒を注ぐ把手付きの水注で、注口下の胴部には、『全唐詩』に掲載されている(ちょううん)(張薀(おん))作『酔吟三首』のうち1首が一部字句を置き替えて、また反対側の把手脇の胴部には「我念君」の組み合わせ文字が焼き付けられている。は、道士で則天武后の時代から玄宗帝の時代に活躍した人である。替え詩の内容は、「去年は田に撒く種がなく、今年の春は酒財に乏しい。花や鳥が嘲笑するのを恐れ、酔っぱらったふりして池亭の台に寝そべっている」と言ったものであるが、これと「我念君」とはどういう脈絡があるのかは分からない。この長沙窯の水注は9世紀代中頃の産品で、平城宮出土の資料とは百年以上の年代差があり、今のところ、合わせ文字「我念君」に関しては、平城宮出土の墨書土器資料が最古例となる。中国では、この合わせ文字がどこまで遡るのか。また、もう一つの組み合わせ文字「道為金」の字義等、色々な問題が残されている。
(副所長 巽 淳一郎)
※肩書きは執筆当時のものです。

 

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