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文化を通して日常と防災を考える

2024年3月

 私たちの社会は、地域が積み重ねてきた日常が文化として色濃く根付き、各地に文化財として息づいています。しかし、自然災害がそれらを脅かし、失われつつあります。近年、災害が多発し、2024年1月1日には能登半島地震で多くの被害が出ている現実を前に、私たちの日常を守るために文化と防災を結びつけることが重要です。

 日常生活と災害の関係について、アメリカの進化生物学者、Jared Mason Diamondは著書『文明崩壊』で、「ダム決壊の恐怖心は、遠い下流から上流に行くに従って増加し、数キロのところで最大値となり、そこからダムに近づくほど恐怖を感じる人が急落し、最後にはゼロになる。」と述べています。また、日本民俗学の柳田国男は『雪国の春~二十五箇年後』で、「(津波被災の後)もとの屋敷を見捨てて高みへ上った者は、それゆえにもうよほど以前から後悔をしている。」と述べ、環境の危険性に対しての人々の感受性の変化を指摘して「これに反してつとに経験を忘れ、またはそれよりも食うが大事だと、ずんずん浜辺近く出た者は、漁業にも商売にも大きな便宜を得ている。あるいはまた他処からやってきて、委細構わず勝手な所に住む者もあって、結局村落の形はもとのごとく、人の数も海嘯の前よりはずっと多い。一人一人の不幸を度外におけば、疵はすでにまったく癒えている。」と述べています。これらの指摘から、人々は日常の生活の中では、自然災害に代表される環境のリスクを感じにくくなり、適切に警戒することが難しいことがわかります。

 それでは、日常に潜むリスクにはどのように対応したらよいのでしょう。矢守克也は、『増強版<生活防災>のすすめ』の中で、災害の記憶を生かして地域の防災力を強化するために、「生活防災」を提唱しています。これは、災害対策を日常生活の諸活動(家事・仕事・福祉・環境問題・祭り・スポーツイベントなど)に溶け込ませることを強調しています。そこで、災害の記憶が文化として日常に組み込まれて数百年継承され続けている事例を紹介します。大阪府浪速区では毎年地蔵盆に1854年の地震と津波の記録を刻んだ碑文に墨入れをしています。天草市では1792年の雲仙普賢岳眉山の山体崩壊で起きた津波の発災日である4月1日に毎年行われる「津波節句」で手料理が振る舞われ、地域の交流が深まっています。宮古島の「ナーパイ」という津波除けの祭祀では1771年の津波石の所で踊りが奉納され、津波の到達点と居住地を分断することで津波の到達点を思い起こしています。宮崎市では 1662年の地震発生から続く、約50年ごとに石碑を新たに建てる取り組みがあり、2007年には350回忌を迎えました。

 日常生活に防災活動を文化の一部として組み込み、徐々に馴染まることは、世代を超えて地域の防災力を強化する仕組みを継承する良い方法かもしれません。

参考文献
Jared Mason Diamond『文明崩壊』草思社; 単行本版(2012)
柳田国男『雪国の春~二十五箇年後』角川学芸出版(2011)
矢守克也『増強版<生活防災>のすすめ』ナカニシヤ出版(2011)

(埋蔵文化財センター(併任)研究員 上椙 英之)

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