2020年2月
鹿児島県を旅行中、聞きなれない言葉を耳にしました。
「全部になりました。」
鹿児島地方では普通に使う言葉で、意味は「全部無くなった」とのこと。面白い表現だなあと感心してしまいました。
それからしばらくして、狂言を鑑賞してました。すると、空っぽになったことを、
「皆(みな)になった」
と、表現しています。鹿児島の、「全部になった」とうり二つの表現ではありませんか。
狂言のセリフは、今から約500年前、室町時代の都周辺の話し言葉が、ベースとなっているそうです。「全部になった」は、500年の時を越え、600㎞離れた地に生き残った室町時代の言葉なのでしょう。
古い言葉が、各地の特有の言葉として残るという事例は、決して少なくない様です。ということは、各地の言葉から古い言葉の意味がわかるかもしれない、ということにもなります。この手法を応用して、最近「ブリ」を見つけ出すことに成功しました。
ブリの骨は遺跡からも見つかっており、太古の昔から食されていたことは間違いありません。ところが、文献上は平安時代の辞書に「ハリマチ」とあるのが初見です。どうにか「ブリ」を見つけたいものだ、と思っていました。
そしてある日、奈良時代前半、740年頃の木簡に書かれた「伊奈太」や「伊奈多」(写真)という文字が目にとまりました。周囲にいる関西人に聞いても「イナダなんて魚、知らないなあ」とのこと。
が、東京出身の私にとって、「イナダ」は身近な魚です。東京で「イナダ」といえば、出世魚「ブリ」の名前の一つです。木簡の「伊奈太」や「伊奈多」はイナダで、ブリのことでしょう。奈良時代に都でブリを指していた「イナダ」という語は、都の周辺では忘れ去られてしまい、遠いアヅマの国で、わずかに出世魚の一段階の名前として残っていました。
全国の出世魚の名前や、地域特有の魚の呼称は、実に多様です。これらの中には、まだまだ古代史解明のヒントが、潜んだり泳いだりしているかもしれません。
写真 イナダの木簡
(都城発掘調査部史料研究室長 馬場 基)