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(53)描かれたのは鬼か疫病神か

人面墨書土器 厄は外!

 奈良時代には、少し不思議な風習がありました。土器に墨で人の顔を描き、何かのまじないをおこなってから川などに流す、という風習です。このときに用いた土器を、「人面墨書(じんめんぼくしょ)土器」と呼んでいます。使われた土器は煮炊き用の土師器(はじき)の甕(かめ)が多く、甕のかたちはほぼ球形なので、人の顔を描くにはうってつけの土器といえます。

 ところが、ここでひとつの疑問が生じてきます。人面墨書土器にはいったい誰の顔が描かれているのでしょうか。中には目をつり上げた恐ろしげな顔を描いたものもあります。一説によれば、それは疫病神(やくびょうがみ)や鬼神であるといいます。奈良時代には、しばしば天然痘などの疫病が流行し、人々を苦しめましたが、それは疫病神や鬼神がもたらす病気と考えられていました。人面墨書土器はそうした迷惑な神々を追い払うまつり・まじないに使われたと考えられています。

 奈良時代のみやこ・平城京では、道路の側溝や運河の跡などから人面墨書土器が数多く出土します。疫病の流行をしずめるために、土器に疫病神や鬼神の顔を描き、それを水に流すことで、みやこから疫病神や鬼神を追い出すまつりがおこなわれたのでしょう。人面墨書土器を使った疫病よけのまつりは、みやこの外でも広くおこなわれたまじないであったようです。

 

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平城京跡から出土した人面墨書土器

(奈良文化財研究所主任研究員 森川実)

(読売新聞2014年4月27日掲載)