近年、宇治や金沢の文化的景観にみられるように、日本国内において都市部の文化的景観保護の取り組みが活発化している。これまで文化財保護法における重要文化的景観に選定された多くの地域は、棚田をはじめとする農山漁村を中心とした文化的景観であったが、人々の暮らしと自然が調和したこれら文化的景観に比べ、混沌とした現代の都市景観に人々の暮らしがどのように反映されているのか、都市の文化的景観の評価、またその保護のあり方について、未だ多くの課題が挙げられる。 本書は、アメリカの歴史家、都市計画家である著者ドロレス・ハイデンが提起する「場所の力」の概念をもとに、これまで見逃されてきた日常の都市景観の持つ意味を再発見し、地域再生へと結びつける都市保全の理論書であり、筆者自身が設立したロスアンジェルスの非営利組織「The Power of Place(場所の力)」の活動の実践書である。 第1部「パブリック・ヒストリーとしての都市景観」では、都市景観を理解するための新たな方法として「場所の力」の概念を提起し、地域再生に向けた「場所の力」の可能性や専門家、地域住民の役割について言及している。筆者は「場所の力とは、ごく普通の都市のランドスケープに秘められた力であり、共有された土地の中に共有された時間を封じ込め,市民が持つ社会の記憶を育む力である」と述べている。本書では、特に黒人や少数民族といったアメリカ社会におけるマイノリティの歴史、記憶(パブリックヒストリー)に着目しており、文字として記録されない歴史でも、都市の記憶として景観や場所に刻まれているとして、ある景観や場所が持つ意味を発掘し顕在化させることによって、次世代へ伝えようといる。まさに、都市景観の価値をそこに暮らす人々の歴史から再発見し、地域社会における都市景観の新たな位置づけを見出そうとするその視点は、文化的景観に共通しているといえる。 続く、第2部「ロスアンジェルス ダウンタウンの都市景観に見る公共の過去」では、都市景観に蓄積された普通の人々の歴史、記憶を如何に読み解くか、その読解術として市民へのヒアリングによる「オーラルヒストリー調査」によって、ロスアンジェルスという都市に暮らす普通の人々の生き様を丹念に洗い出し、地域社会にとって意味のある場所を掘り起こしている。更には、その調査によって明らかとなった場所の意味を顕在化させるべく、市民による歴史的建造物の保存、都市のヘリテージツアーの企画、パブリック・アートの設置など多彩な実践的活動が紹介されており、場所や景観といった有形のモノを媒体として都市の記憶を発掘し、地域再生プロジェクトへと展開している。 都市景観を読み解くドロレス・ハイデンの視線は、単なる都市の歴史の再発見に留まらず、常に地域社会での実践的活動への展開を見据えている。『場所の力』では、都市景観の歴史を、場所を通して現在の地域社会と結びつける総合的アプローチを示しており、日本とアメリカといった社会的背景は異なるものの、都市の文化的景観の保護を考える上で、文化的景観の価値評価と保存活用、更にそれら二つの関連性について多くの視点を与えてくれる。 |
著者 : ドロレス・ハイデン |