概 要
研究室の業務
遺構とは、建物の柱穴や溝のように土地に残った人の活動の痕跡のことです。発掘調査で確認された遺構は、調査後には保存のため埋め戻されます。そのため図面や写真などによって、十分な記録をとることが必要です。これらの記録は遺構そのものと同様、重要な一次資料となります。 遺構研究室では、正確な図面作成のための測量業務や、完成した実測平面図・断面図などの図面類の整理と管理を担当し、それらを用いて遺構の性格や構造などの研究をおこなっています。研究員は建築史や庭園史を専門としており、考古学的な知見に加え、各分野からの視点を活かし遺構を検討しています。
このほか、発掘調査で出土した建築部材などの大型木製品についても調査をおこなっており古代建築技術の研究を進めています。また、平城宮跡や藤原宮跡などの整備の際には、整備計画のための基礎調査や、復原建物に関する建築学的調査も実施しています
出土した井戸枠 光波測距器による発掘調査区の設定
巡訪研究室(平城地区)
遺構を読み解く
遺構とは建物の柱や基礎の痕跡、溝や土坑といった土地に刻まれた痕跡を言います。土器や瓦といった遺物が持ち運びできるのに対して、遺構は持ち運びができない不動産文化財と言えるでしょう。
たとえば掘立柱建物の柱穴の組み合わせからは、建物の間取りや大きさがわかります。また、軒先からの雨水を受ける雨落溝が見つかれば、屋根の大きさを知ることができます。このように土地に遺された痕跡から、私たちは建物に関する情報を読み解いていくのです。
遺構から古代の建物を分析する、それが遺構研究室の重要な仕事の一つなのです。
遺跡をはかる
このような分析のためには、遺構の正確な記録が不可欠です。これによって、異なる地点の発掘調査で見つかった遺構を正しくつなげることができるのです。また、破壊されてしまう遺跡では、こうした記録は遺跡そのものに代わる重要な資料となります。遺構の正確な記録をとるには、発掘調査で見つかった遺構の位置(平面座標)や標高を正確に"はかる"必要があります。
平面座標を記録するためには、GPS(図1)やトータルステーションと呼ばれる機材を用います。GPSはいわゆるカーナビと同じシステムですが、誤差1cm程度と非常に高精度です。標高を記録するにはレベル(水準器)という機材を用います(図2)。こうした機材を用いて正確な遺構図を作成するのです。
このように、一見地味ですがきわめて重要な "はかる"作業も遺構研究室の仕事です。
図1:GPSを用いた平面座標の記録。
図2:レベルによる遺構の標高の記録。
発掘調査によって得られた遺構図やそのための測量成果を保存・管理することも遺構研究室の仕事です。遺構図は遺跡に代わる重要な資料ですから、厳重に管理する一方で、使いやすく整理されなければなりません。遺構図は必要に応じて所内で閲覧できるように、整理・分別して専用の保管施設で管理しています。また、これらをデジタルトレースして、報告書などの出版物に掲載する図版をつくったり、調査概要をまとめたデータベースを作成したりするのも大切な仕事の一つです。過去の発掘遺構の図面を統合したりもしています。
このように過去の調査成果を蓄積し、未来に伝えることも重要な責務と考えています。
平城宮・京の建物を復元する
巡訪研究室(4)でも述べているように、遺構研究室は建築史学を専門とする研究員が所属しています。正確に記録された遺構図を用いて建物の上部構造を考える復元研究は、私たちの専門性を発揮できる重要な仕事の一つです。
平城宮跡内に復元された第一次大極殿(図3・4)や、朱雀門、東院庭園、推定宮内省などがこうした研究成果の一部です。このような復元研究の手順をみてみましょう。
まず、遺構の記録に基づき、出土遺物の知見も交え、遺構や遺構群についての緻密な分析を重ねます。次に、同様な遺構の類例や文献資料などから、遺構の性格を解釈します。そして、現存する奈良時代を中心とした文化財建造物から、建築技法を詳細に検討し、当時の技術者の思考を分析・応用して、建物の上部構造を固めていきます。加えて、瓦の葺きかたや飾金具の形状といった細部にわたる具体的な検討も不可欠です(図5)。このように、さまざまな分野の膨大な研究成果を統合してようやく復元建物ができるのです。
現在、遺構研究室では第一次大極殿院や、東大寺東塔の復元研究をおこなっています。第一次大極殿院は、第一次大極殿を取り囲む施設で、令和3年3月現在、その南面中央に開く南門の復元工事が進行中です(図6)。つづいて、東楼、西楼、回廊の復元も計画されています。自身が復元研究にかかわった建物が、まさに目の前で組み上がっていく様子を見られるのは、研究者としてこの上ない喜びを感じています。
※ なお、復原・復元の文字は、ここでは一般的な「復元」に統一しております。
図3:第一次大極殿の遺構。赤が地覆石の据付掘形、青が地覆石の抜取痕跡です。
図4:復元された第一次大極殿。図3の遺構から研究を重ねて2010年に完成しました。
図5:第一次大極殿院の飾金具の復元研究。細部にわたる検討を経てようや復元建物ができます。
図6:復元研究の成果に基づいて工事中の第一次大極殿院南門。
巡訪研究室(飛鳥・藤原地区)
出土建築部材とは、発掘調査で出土した建物の柱や井戸枠などの大型の木製品のことです。「大型」としていますが、建築に関わるものであれば、小さくても含まれます。これらの建築部材は、調査終了後に埋め戻して現地保存とすることもありますが、基本的には遺物の確実な保存と詳細な調査研究のため、遺跡から取り上げて研究所に持ち帰ります。
持ち帰った建築部材は、まずは土を洗い流して表面をきれいにしてから、収蔵庫に設置した水槽に保管します(写真①)。
建築部材には、いつどこで取り上げたものかわかるように、一点一点番号を付けて管理しています(写真②)。建築部材の状態によっては、不織布で包んで保護します(写真③)。
一番長いものは 7.6 mもあります。
②一点一点ラベルを取り付けて保管しています。
③傷みの激しいものは不織布に包んで保管します。
水をたくさん含んだ木材はとても重く、なかなかの重労働です。また、貴重な歴史資料であるので、取り扱いには細心の注意が必要です。水槽への出し入れをするだけでも大変な作業です(写真④)。
ラベルを付けて整理された建築部材は、次に形状や寸法を記録する実測調査をおこないます。建築部材の場合、実測調査も机上ではできないので、10㎝間隔のメッシュを書いた板を床に敷いて、その上に遺物を置いておこないます(写真⑤)。使われた道具の痕跡や、他の木材と接続していた痕跡などを丹念に調べ、記録していきます。(写真⑥~⑦)
④水漬けの建築部材はとても重く重労働。
さらに、貴重な歴史資料なので、
キズを付けないように慎重に運びます。⑤実測調査の様子。
⑥藤原宮出土の井戸枠材。
表面にチョウナの加工痕跡が
残っているのが分かります。⑦左図の井戸枠の実測図。
寸法や加工痕跡について記録します。
⑧飛鳥藤原第138-3 次調査 掘立柱柱根の検出状況
⑨同掘立柱底面の墨線(赤外線写真)
こういった新しい発見ばかりがあるわけではありませんが、出土建築部材の調査では、当時の大工さんの仕事ぶりを間近にみることができます。それだけでも、建築史を専門とする我々研究員はワクワクしてしまいます。
調査・研究
遺構の研究
例えば、建物の遺構には、建物の基礎である基壇や、柱や礎石の据えつける際に掘った穴、屋根の雨だれを受ける雨落溝などがあります。みつかる遺構は柱穴一つずつですが、組み合う柱穴を見つけ出せば、建物の間取りや規模、柱間寸法などがわかります。雨落溝からは屋根の軒先までの寸法がわかります。また礎石や柱などの建築材料そのものが残存していれば、当時の建築技術や材料の選択、加工の方法などを知ることができます。遺構から判明する情報と、同時代の建物の類例とを比較すれば、建物の上部構造を復原的に検討することが可能になります。以上のような検討を遺跡全体に対しておこなえば、建物や塀、溝や道路などの区画や配置、それらの変遷などがあきらかになり、遺跡の性質を解き明かす鍵になってくるのです。
ほかにも、遺跡の土層と遺構の関係を検討すれば、旧地形の形状や土地の使われ方がわかりますし、当時の地表面の標高を検討すれば、排水の系統を明らかにすることができます。このようにさまざまな検討素材を組み合わせて、測量や土木に関わる技術、都市計画の設計や採用された尺度、庭園の池や石組といった多様なテーマについて分析していくのです。こういった作業を通して、当時の人びとが造った構築物に対する思いをくみ取ろうとしています。
以上のような発掘遺構に関する研究成果は、当研究所の紀要や発掘調査報告書などで公表しています
遺跡出土建築部材の研究
遺跡の発掘調査では、木質の遺物が出土することが少なくありません。しかし大型木材については何の部材なのか判断が難しく、しばしば報告書に有効な情報を盛り込むことができない場合があります。また建築史の分野では、遺跡から出土した建築部材がかつての建築を具体的に示す資料でありながら、十分には活用されていないのが現状です。
そこで遺構研究室では、建築史学と考古学の成果を合わせた遺跡出土建築部材の総合的研究手法を確立すべく、飛鳥地域、藤原京、平城京などの発掘調査により出土した建築部材をはじめ、全国の遺跡から出土した建築部材について、各分野・地方の研究者と協力して調査研究をおこなっています。
これまでの主な調査対象としては以下の遺跡があります。
・ 飛鳥地方の寺院(奈良県明日香村・桜井市)
・ 胡桃館遺跡埋没家屋(秋田県北秋田市)
・ 観音寺遺跡(徳島県徳島市)
・ 山木遺跡(静岡県伊豆の国市)
・ 小谷地遺跡(秋田県男鹿市)
・ 柿田遺跡(岐阜県可児市・可児郡御嵩町)
※2006年~2009年には独立行政法人日本学術振興会・科学研究費補助金 基盤研究(A)「遺跡出土の建築部材に関する総合的研究」(課題番号:18202026)を受けて研究をおこないました。また、各地方公共団体から委託を受けて調査をおこなうこともあります。
平城宮跡・藤原宮跡の遺跡整備に関する研究
近年では平城宮跡の整備公開活用に関する調査研究として、都城発掘調査部を中心とし定期的な検討会を開催しています。2004~2006年には、平城宮跡の利活用のための復原建物や設備整備に関する調査研究として、全国または海外の大規模遺跡の管理運営体制について類例調査を実施しました。また、2001年~2009年には第一次大極殿の復原にあたり、遺構や遺物から判明する構造や細部意匠について、復原設計、基壇・礎石、彩色・金具、屋根仕様、瓦など各テーマを設定し多数の検討会を開催しました。現在は、第一次大極殿院の復原研究として、門や楼閣、回廊などの構造に関する検討会を開催しています
成果報告書
■2008年3月 『遺跡整備調査報告 管理運営体制および整備活用手法に関する類例調査』奈良文化財研究所
■2008年6月 『胡桃館遺跡埋没建物部材調査報告書』奈良文化財研究所・北秋田市教育委員会
■2009年2月 『奈良文化財研究所学報 第79冊 平城宮第一次大極殿の復原に関する研究1 基壇・礎石』奈良文化財研究所
■2009年3月 『シンポジウム「出土建築部材の調査方法と視点」の記録』(科学研究費補助金 基盤研究A「遺跡出土の建築部材に関する総合的研究」)奈良文化財研究所
■2010年3月 『出土建築部材における調査方法についての研究報告』(科学研究費補助金 基盤研究A「遺跡出土の建築部材に関する総合的研究」)奈良文化財研究所
■2010年3月 『遺跡出土の建築部材に関する総合的研究』(科学研究費補助金 基盤研究A「遺跡出土の建築部材に関する総合的研究」)奈良文化財研究所