建造物研究室

建造物研究室Architectual History Section 概要

建造物研究室について

 昭和27年の研究所創立時、研究室は3室ではじまり、建造物研究室はそのひとつとして発足しました。建造物研究室は、発足以来、一貫して各時代・各分野の建造物の調査研究をおこなうとともに、発掘調査部と連携して失われた建造物の復原研究をおこない、さらに、文化財建造物の保存に資する様々な活動をおこなっています。また、海外における文化財保存に対する協力や学術交流も積極的におこなっています。

 かつては、奈良県教育委員会がおこなう奈良県の重要文化財・国宝の修理にともなう調査や修理工事報告書が刊行されていない建造物の調査をおこないながら、各時代の建造物の特性を明らかにしてきました。昭和40年代以降は、文化庁の施策として全国でおこなわれた、民家緊急調査・近世社寺建築緊急調査・集落町並調査・近代和風建築総合調査・近代化遺産総合調査を積極的におこなってきました。さらに、近年は、全国で継続中の集落町並調査・近代和風建築調査・近代化遺産調査の調査をおこなうとともに、単体の建造物の調査も積極的におこなっています。

 失われた建造物の復原に関しては、平城宮跡における建造物の復原や模型製作をおこなってきました。また、全国各地でおこなわれている、遺跡における建造物復原や模型製作等への助言をおこなってきました。

 文化財保存に資する活動としては、町並保存や近世社寺建築に関する研究集会の開催や資料集を作成したり、文化庁で保管されていた、写真ガラス乾板・保存図・摺拓本を整理・管理し、それら資料の貸し出しをおこない、資料の活用に貢献しています。

 外国への協力としては、ベトナム・カンボジア・アフガニスタンにおける文化遺産保存への協力をおこなっています。


巡訪研究室

junpou06_1.jpg写真① 調査風景:1人が寸法を測り、
1人がスケッチした図に寸法を記入します。
junpou06_2.jpg写真② 調査風景:必要な場合には、
このようなところまで測ります。
今回紹介する建造物研究室の室員は、組織上は筆者ひとりですが、調査研究をひとりでおこなっているわけではありません。研究所の他部署に属している建造物の専門家と協力して、さまざまな調査研究をおこなっています。
 社寺、民家、近現代建築などの各時代の建物のみならず、時として土木遺産など、人工的な不動産物件を調査研究対象としています。調査の目的は、学術的な成果を出すことだけでなく、文化財保存のための基礎作業という側面がおおきいです。個々の建物の価値をあきらかにする調査、町並保存のための調査、伝統的な建物のリスト作成など、調査目的によってその調査内容も異なります。
 個々の建物の価値をあきらかにする調査の基本は、実測や観察をおこなって、建物を正確に記録することです。現地で、平面図や断面図をスケッチして、そこに測った寸法を書き込みます(写真①~④)。そして、これをもとに机上で正確な図面を作成します。さらに、部材に残るさまざまな痕跡を調べて、建物が改造された歴史や、その建物がかつてどのように使用されたかを探ります(写真⑤)。
 いっぽう、伝統的な建物のリスト作成の作業はいたって地味な作業です。地図に建物の位置を記録し、建物に関するデータを記述し、写真を撮る、という作業を1日に100回前後繰り返します。地図に示された山の中の祠1件を確認するだけのために、山道を登り下りすることもあります(写真⑥)。このような場合、「自分が確認したので、もう他の人は、確認のためにこの山道を登り下りする必要がない。世間のお役にたった。」と自分に言い聞かせています。
 また、海外でも同様な調査をしています。ベトナムではこれまでに4つの集落調査をおこなっています(写真⑦)。カンボジアでは、奈良文化財研究所が修復をおこなっている西トップ遺跡の建築的調査をおこなっています(写真⑧)。
 わたしたちの調査研究の基礎は、現地で、現物を見て記録することです。暑くても、寒くても、場合によっては雨の日でも、どのような状況であっても、目、頭、手、足を一日中フル稼働で同時に動かしています。
 調査成果は写真⑨のような報告書にまとめて、個々の調査研究は完結します。これら報告書は学術成果として重要ですが、コラム作寳楼(2019年10月1日)で説明したように、現場で作成した資料こそが一番大切と考えています。この資料を、きちんと保管して後世に残すことも、わたしたちの役割です(写真⑩)。
 もし、ブログをお読みの皆様が、町や村で、キョロキョロして画板になにやら記入しながら、建物の写真を撮っている作業着の人間をみれば、わたしたちかもしれません。あやしいことはしてませんので、ご安心ください。
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    写真③ 平面図野帳:建物を見ながら、平面図を鉛筆で描き、測った寸法をボールペンで記入します。

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    写真④ 断面図野帳:現地で建物の断面図を描くためは、部材の組み合わせ方を理解している必要があるので、平面図を描くより難しいです。

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    写真⑤ 調査風景:調査員全員で、部材に残る重要な痕跡を確認しています。

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    写真⑥ 神社に向かう山道:神社や民家のなかには、徒歩でしかいけないところが数多くあります。

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    写真⑦ ベトナム集落調査風景:ベトナムは、とにかく暑いです。炎天下の調査では、肌を出すと体力を消耗しますので、必ず長袖の作業着を着ます。

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    写真⑧ 西トップ遺跡調査風景:日本にはないような石造建造物の調査も良い経験です。

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    写真⑨ 報告書:建造物研究室が関わった調査の報告書は、表紙を緑色に揃えています。

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    写真⑩ 現地で作成した資料:資料はファイリングして、新庁舎の収蔵庫に大切に保管しています。

建造物研究室Architectual History Section 調査と研究

調査・研究

現在進行中の調査研究
近年の主たる研究テーマを古代建築と位置づけて調査研究をおこなっています。それと連動して、平城宮跡でおこなわれている復原事業にともなって、古代建築の復原に関する研究を推進しています。
また、従来からおこなっています、地元の要請にもとづいた、さまざまな時代・種別の建造物や建造物群(町並・集落)の調査事業もおこなっています。 古代建築の研究 調査等

地元からの要請を受けて、現在は以下の調査および、調査成果のとりまとめをおこなっています。

  • 奈良県近代和風建築総合調査
  • 島根県津和野町社寺建築調査
  • 愛媛県松山市晩翠荘建造物調査
  • 福井県若桜町倉見屋建造物調査
  • 高知県高知市竹林寺建造物調査
復元研究
過去の調査研究
建造物研究室発足以来60年近くが経ました。その間、さまざまな調査研究をおこなってきました。研究室としての研究に加え、研究者個人としての研究も膨大な内容にのぼります。それらすべては紹介しきれませんので、ここでは、研究室としておこなった調査研究のおもなものを紹介します
昭和40年代頃までの調査研究 調査等
昭和40年代以降、文化庁の施策としての、民家緊急調査・近世社寺建築緊急調査・近代化遺産総合調査・近代和風建築総合調査・伝統的建造物群保存対策調査等を積極におこなってきました。また、研究室の研究テーマにもとづいた建造物調査をおこなってきました。そのいっぽうで、地元の要請のもとづいた、地域の文化財把握調査や個別の建築の調査を数多くおこなっています。
ここでは、報告書等として、調査成果がまとまったおもな調査を紹介します。
  • 民家緊急調査
  • 近世社寺建築緊急調査
  • 近代化遺産総合調査
  • 近代和風建築総合調査
  • 伝統的建造物群保存対策調査(町並・集落)
  • 地域における文化財調査
  • 平城宮宮内省の復元
  • 平城宮南面大垣の復元
  • 平城宮朱雀門の復元
  • 平城宮東院庭園の復元
  • 平城宮大極殿正殿の復元
模型製作
  • 平城宮朱雀門の模型製作
  • 平城宮内裏の模型製作
  • 平城宮西面南面の模型製作
  • 平城宮東朝集殿の模型製作
  • 平城宮積基壇復元建物の模型製作
  • 川原寺伽藍の模型製作
  • 平城京左京三条二坊一五坪の模型製作
  • 貴族の邸宅(平城京左京三条二坊一・二・七・八坪:長屋王邸宅)の模型製作
  • 庶民の家(平城京右京八条一坊一三・一四坪)の模型製作
  • 第二次大極殿屋根部分模型の模型製作
  • 平城宮第一次大極殿院模型の模型製作
  • 平城宮第一次大極殿正殿模型の模型製作
海外の文化遺産保存への協力
奈良文化財研究所では、多くの国々との交流のなかで、相手国の文化財保存への協力をさまざまなかたちでおこなっています。建造物研究室でも、文化庁や東京文化財研究所等と連携して、海外における文化遺産の保存に対して、協力をおこなっています。継続的におこなっている事業には、以下のようなものがあります

ベトナムにおける協力

文化庁文化財部では、「アジア・太平洋地域文化財建造物保存修復協力事業」の一環として、1990年から2002年にかけて、ホイアン旧市街の保存に協力してきました。そして、2003年からは、ベトナムにおける農村集落保存に対して、協力をおこなっています。この協力事業のなかで、保存計画策定のための調査および保存計画策定について、奈良文化財研究所と昭和女子大学国際文化研究所が共同で協力することとなりました。
まず、最初にベトナム北部のドゥオンラム村での協力をおこない、その成果をもとに、現在は中部のフクティック村、南部のフーホイ村の保存計画策定調査に協力しています。
  • ハタイ省ドゥオンラム村集落保存協力(2003年~2008年)
  • トゥアティエンフエ省フクティック村集落保存(2009年~)
  • ドンナイ省フーホイ村(2010年~)

カンボジアにおける文化遺産保存への協力

アフガニスタンにおける文化遺産保存への協力

国際学術協力
奈良文化財研究所では、さまざまな国との間で学術交流をすすめています。そのなかで、中国の文化遺産研究院(かつての文物研究所)と韓国の国立文化財研究所との間では、ざまざまな分野での交流事業を盛んにおこなています建造物研究室では、各研究機関の建造物担当部署、中国文化遺産研究院発展研究所、韓国国立文化財研究所建築文化財研究室と連携して、主として3機関の建造物関係スタッフを中心に、日中韓における建造物の保存に関する学術交流をおこなっています。

資料の収集と公開

資料の収集と公開

建造物研究室では、文化財建造物の保存修復にかかわる基礎資料を収集し、整理した上で、それら資料を広く活用できるよう、活動をおこなっています。以下のものは、一般にはなじみのないものですが、文化財建造物の保存修復にとって、大変重要な資料となっています

現状変更説明

 国宝・重要文化財建造物の修理をおこなう際に、復原等によって、現状の形状を変更(現状変更)する際には文化庁長官の許可が必要です。そして、その許可の是非については、文化庁長官から文化審議会(かつての文化財審議会)に諮問(是非について検討を要請すること)され、審議会で検討されて答申(是非の検討結果を伝えること)され、その結果にもとづいて、許可の判断がなされます。この現状変更の内容とその理由を整理したものが「現状変更説明」です。現状変更説明の内容そのものが、日本における文化財建造物の修理のありかたを示す重要な資料といえます。
そこで、奈良文化財研究所では、これまでの修理の歴史および修理のありかたを具体的に示す基本資料を活用し得るように、「現状変更説明」の刊行を継続的におこなっています。刊行作業は、2003年度から開始し、1988年から遡るかたちで、3年分を1冊(本文編1冊、図版編1冊)として作業を継続的におこなっています。
すでに刊行したものは以下の通りです。

『重要文化財建造物現状変更説明 1986-1988(本文編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1986-1988(図版編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1983-1985(本文編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1983-1985(図版編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1980-1982(本文編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1980-1982(図版編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1977-1979(本文編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1977-1979(図版編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1974-1976(本文編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1974-1976(図版編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1971-1973(本文編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1971-1973(図版編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1968-1970(本文編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1968-1970(図版編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1965-1967(本文編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1965-1967(図版編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1962-1964(本文編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1962-1964(図版編)』
『重要文化財建造物現状変更説明 1959-1961(本文編)』

保存図

 日本において、国宝・重要文化財の修理の際には、修理前後の状況を正確に記録し、修理前後の図面が作成されます。そして、これら図面については、ケント紙(A0紙)に、墨で描かれて、保存されることとなっており、一般的に「保存図」と称されています。これら保存図は、文化財建造物の記録として最も基本的なものであると同時に、日本における文化財建造物の修理記録として大変貴重な資料といえます。
 奈良文化財研究所では、これら保存図を受け入れ、整理・保管し、要請に応じて貸し出しをおこなっています。現在保管している保存図の総数は、約3万枚弱におよびます。
 なお、2003年までに当研究所で受け入れ、保管している保存図の一覧については、『国宝・重要文化財建造物保存図目録』として刊行しています

『国宝・重要文化財建造物保存図目録』奈良文化財研究所 2003

摺拓本

 保存図と同様に、国宝・重要文化財の修理の際に、蟇股等の彫刻、虹梁や木鼻の絵様彫刻については、和紙とカーボンによる乾式の拓本(摺拓本)がとられることがあり、これら摺拓本も保存することとなっています。これら摺拓本は、修理時の状況を原寸大で記録したものとして、大変貴重な資料といえます。
 奈良文化財研究所では、これら摺拓本も随時受け入れ、整理・保管し、要請に応じて貸し出しをおこなっています。現在保管している摺拓本の総数は、約2万6千枚強におよびます。
 なお、2001年までに当研究所で受け入れ、保管している摺拓本の一覧については『国宝・重要文化財建造物摺拓本等目録 上・下』として刊行しています。

『国宝・重要文化財建造物摺拓本等目録 上・下』奈良文化財研究所 2001

写真ガラス乾板

 写真にフィルムが使用される以前は、ガラスに乳剤を塗り、そこに映像が撮されていました。いわゆるガラス乾板です。奈良文化財研究所で保管している写真は、文化財建造物の保存修理の前後に撮影されたものや修理中の写真があり、他にも当時の現況を撮影されたものも数多くあります。撮影日時が明確なものは限られていますが、戦前期に撮影されたと思われる写真も数多くあります。さらには、戦災等で焼失した建造部物の写真も数多くあり、失われた建造物の状況を伝える唯一の資料として、大変貴重なものです。
 写真ガラス乾板はかつては文化庁で保管されていましたが、現在は奈良文化財研究所が整理・保管しています。その数は約3万枚にのぼります。要請に応じて、写真を焼き付けて、貸し出しをおこなっています。保管写真ガラス乾板の一覧については、整理時に撮影した35㎜写真をもとに、写真の内容がわかるかたちで、『国宝・重要文化財建造物写真乾板目録』Ⅰ~Ⅴとして刊行する計画で、すでにⅠ~Ⅳを刊行し、平成22年度末にはⅤを刊行する予定です。
 そして、将来の乾板の劣化に対応するために、乾板の保護措置と同時に、現時点での映像を記録するために、デジタル化を随時おこなっています。現在はその約1/3にあたる1万枚程度が終了しています

その他資料

 保存図や写真等の基礎的資料の整理・保管の他にも、研究および保存行政に資するための基礎的なデータの収集をおこない、資料化をおこなっています。
 すでに刊行している出版物は以下のとおりです。

『第1回集落町並保存対策研究集会記録』
『第2回集落町並保存対策研究集会記録』
『第3回集落町並保存対策研究集会記録』
『集落町並保存資料集成 第1集 集落町並保存関係文献目録(稿)』
『集落町並保存資料集成 第2集 集落町並保存関係条例の概要(Ⅰ)』
『集落町並保存資料集成 第3集 集落町並保存関係条例の概要(Ⅱ)』
『近世社寺建築の研究 第一号』
『近世社寺建築の研究 第二号』
『近世社寺建築の研究 第三号』
『明治初期建築関連文書資料集(一)』

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